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名画「オフィーリア」で知られるウォ-タ-ハウスは、ラファエル前派の継承者とされています。
派の主題とする中世の伝説や聖書を描いた美しく幻惑的な彼の作品は、当時より世界中から大絶賛されていました。
そのため彼は生前から華やかな功績を残しています。
しかしそれにも関わらず、彼自身に関しての資料はあまり多くありません。
そんな彼は一体どのような画家だったのでしょうか?
決して豊富とは言えない資料から、彼の画家としての軌跡を追いかけていってみましょう。
ウォーターハウスはイタリアのローマで生まれたイギリス人です。
両親はともに画家であり、彼は父親のもとで絵画を学んで育ちました。
成人に達した後は、美術の最高峰である英国王立美術院で学びながら制作活動を続けます。
そして入学してから4年後、夏の英国王立美術院展に展示した「眠りと異母兄弟の死」という作品が大好評を博しました。
これがきっかけとなって、彼は名画家としての道を歩むようになります。25歳のときでした。
これより後、彼は確実な技量を急速に身につけ始めます。
意欲的に制作活動を行い、数多くの名画を描くようになっていったのです。
それらの作品は世界中の富豪たちを魅了し、彼らによって次々に買い上げられていきました。
そのため、経済的に困ることはなかったようです。
また彼は、英国王立美術院の最高芸術院会員に選ばれたり、美術学校で教鞭をとったり、英国王立美術院評議会の議員をしたりと、
生涯を通して制作活動以外にも芸術活動に推進しました。
ウォ-タ-ハウスは,押さえがたいほどの美しい肉体を持っているがゆえに破滅してしまう人物が登場する神話的主題に惹かれていました。
幼少の頃は、物語や伝説が書かれた書物を多く読んでいたと言われています。
その彼が最も好んだ主題は「オフィーリア」です。
彼は「墓地にいるオフィーリア」という連作を手がけますが、この作品を完成させることはできませんでした。
それは肉体が病で蟲ばれてしまったためです。
彼は未完の大作を残したまま、1917年に癌でこの世を去りました。
<ジョン・ウィリアム・ウォターハウスの作品>
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