Valentine Cameron Prinsep

ヴァレンタイン・キャメロン・プリンセプ

インド カルカッタ出身

1838-1904

ラファエル前派

 


 

 

”冬が夏に触れ、夏は消えていく”

1897年

 

 

   

 

 

ヴァレンタイン・キャメロン・プリンセプはイギリス人ですが、役人であった両親の仕事の関係でインドのカルカッタて誕生しました。

幼少期をそこで過ごした後、学校教育を受けるため本国イギリスへ戻ります。

本国の学校に通い始めると、彼は後にラファエル前派の巨匠となるジョージ・フレデリック・ワッツと知り合います。

彼はワッツから画家になるように勧められ、また彼から絵画制作の手ほどきも受けました。

1856年にはロセッティとも知り合います。

彼はロセッティからオックスフォード大学学生会館討論室の壁画装飾の仕事に参加するよう誘われました。

1859年にはフランスへ向かい、ポインターやジェイムズ・ホイッスラーらがいたパリのシャルル・グレールのアトリエで学びます。

翌年にはバーン=ジョーンズと共にイタリアへ旅行しました。

これをきっかけにして、彼の作風は変化していきます。

今まで出会ってきたラファエル前派の画家らから影響を受けたその様式から大陸の古典主義作風へと移行していったのです。

それはフレデリック・レイトンの様式に近いものでした。

帰国後、彼はケジントンに住み、そこで他の画家たちと活発に交流しはじめます。

とりわけ、ワッツとレイトンとは親交が深かったようです。

彼はケジントンの芸術家コロニーの主要なメンバーの一人になりました。

そしてそこで創作活動を続け、定期的に展覧会へと出品を続けていきます。

それらの作品はいたって好評でした。

1894年にはロイヤル・アカデミーの正会員に選出され、その6年後にはロイヤル・アカデミー美術学校の教授にまで上りつめてその生涯を終えます。

 

<ヴァレンタイン・キャメロン・プリンセプ作品> 

王妃は部屋でパンに蜂蜜をつけて食べていた

1859年

マンチェスター市立美術館

黄金の門

1882年

マンチェスター市立美術館

シンデレラ

1899年

マンチェスター市立美術館

 


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