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アングルによって描かれた絵画はあまりにも有名で、世界中に名を知られている美術館に多く所蔵されています。
しかし、彼自身に関してはあまり多く語られていません。一体彼はどんな画家だったのでしょうか?
アングルは19世紀に古典主義の重鎮として、パリ画壇に君臨した人物です。
また、生活のために苦手だったのにも関わらず、当時の権力者や貴族らの肖像画を多く描きました。
彼は、画家、装飾彫刻家、音楽家でもあった父から指導を受けて育ちました。
その後、1797年にダヴィッドに師事し、1801年にローマ賞を獲得すると、彼はイタリアへ渡ります。
彼はそこで運命的な出会いをします。
そう、ラファエロです。
彼はラファエロを神のごとく心酔しました。
自分が求めていた究極の美の形がそこにあったからです。
彼はギリシャ・古代ローマ神話や歴史上の出来事をあたかも現実のもののように写実的に描き出しました。
そして女性の肉体の華麗かつ流美なフォルムを探求し続けました。
18年のイタリア滞在の後、彼はフランスへ戻り成功を治めます。
42歳の時でした。
彼はその後、制作をしながら多くの要職につき、フランス画壇に尽力をつくし、87歳でこの世を去ります。
そして印象派らの新しい旋風が台頭して来ると、彼が生涯徹底して貫いた古典主義は衰退していきました。
アングルは古典主義最後の画家であったのです。
<ジャン=オーギュスト=ドミニク=アングルの作品>
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