「パオロとフランチェスカ」

ジャン=オーギュスト=ドミニク=アングル

1819年制作 アンジェ美術館所蔵

 

 

 

 

暗い画面の中に浮き出るかのようにして一組の男女がキャンバスの中に描かれて存在しています。

彼らの周囲は全て暗闇にまぎれているのに、まるで彼らにだけ光があたっているかのようです。

二人が恋人同士だということは一目でわかります。

何故ならば男性が女性を自分の側に引き寄せて接吻をしようとしているからです。

女性は顔を背けながらも瞳を閉じて静かな面持ちで体を男性の方に傾けています。

今まさに男性が女性に求愛したその瞬間の場面を描いた作品だということがわかります。

ふいに抱き寄せられたということが、女性が読んでいた本が落下している途中ということから判断できるからです。

そして目を凝らしてキャンパスを見てみると、彼らの背後に恐ろしい形相をした男性が闇に同化して存在しています。

彼は彼らを睨み据えて、腰に収めてある剣を今まさに引き抜こうとしています。

彼がこの恋人たちを殺害しようとしているのは明白です。

この画面の中に存在している彼らは一体何者なのでしょうか?

実は彼らはダンテの名作「神曲」の地獄篇に登場する人物たちなのです。

恋人たちの名は「パオロ」と「フランチェスカ」。不義の恋に落ち、命を奪われてしまう悲劇の恋人たちです。

そして悪鬼のごとく彼らの背後に存在しているのは、フランチェスカの夫である「ジョバンニ」。

ジョバンニはまたパオロの兄でもありました。

妻と弟に裏切られた彼は嫉妬に狂い、彼らが抱き合ったこの直後、彼らを剣で刺し殺してしまいます。

これはその一瞬前の場面を描いた作品です。

時が止まったかのような静かな空気と緊迫感が画面を通して伝わってきます。

この場面は恋人たちにとっては最高の至福の時であり、裏切られた男性にとっては最大の不幸が訪れた時なのです。

この後、許されない恋に身を委ねた彼らの魂は地獄へ落ち、ともにその業火に焼き続かれていくことになります。

巨匠アングルはその物語最大のクライマックスを見事に一枚のキャンバスの中に描き出しました。

 


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