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ラファエル前派の一人であるハーバード・ジェイムズ・ドレイパーはイギリスのロンドンで生まれました。
彼は画家になることを志し、セント・ジョーンズ・ウッド美術学校に入学します。
その後はロイヤル・アカデミー美術学校へ通い、画才を発揮して金メダルを獲得します。
彼はそれによってパリへ留学する奨学金を得、アカデミー・ジュリアンへ入学しました。
その後、彼はさらにローマへと旅に出ます。
1892年に故国に戻ると、彼はレイトンに画家として身を立てるために最良の道の助言を求めました。
レイトンは彼にロンドンに住み、展覧会に出品することを勧めます。
実際ドレイパーはレイトンの助言通りに行動しました。
彼は1887年からロイヤル・アカデミーに神話や文学を主題とした作品を展示していきました。
彼が展示したこれらの作品は当初より絶賛されました。
1897年には「泡の妖精」が南オーストラリア美術館に、翌年には「イカロスの哀歌」がチャントリー基金によって購入されます。
他の美術館もこれに続いて彼の作品を収蔵していきました。
また彼はエドワード・ポインターの斡旋により、装飾美術にも着手します。
彼が会社で描いた広間の天井画は見事な出来栄えで大好評を博しました。
画家としてこれほど成功し活躍していた彼ですが、その生涯においてロイヤル・アカデミーの会員に選出されることはありませんでした。
ジョン・ウィリアム・ウォーター・ハウスやフランク・ディクシーらが属していた芸術家コロニーのメンバーであったのにも関わらずです。
1920年に彼は亡くなりますが、その頃には既に世間から忘れられた存在になっていたということです。
<ハーバード・ジェイムス・ドレイパーの作品>
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