白木蘭円舞曲(マグノリアワルツ)

著者:さいとうちほ

 

 

 

円舞曲は白いドレスで」の続編です。
本作は前作の終了後から3年後の1994年に月刊誌「プチコミック」で連載が始まりました。
お話しは12話で完結し、単行本は全3巻刊行されました。

すべてを捨ててサジットとともに日本を発った湖都ちゃんのその後の物語です。

上海に到着した湖都ちゃんたちは、サジットの仲間たちに囲まれて暮らし始めました。
しかしサジットは浮かない様子です。
命懸けで連れてきた湖都ちゃんとの誰にも邪魔されない愛の生活が始まったというのにです。
それは故国インドのことが気になっていたからです。
故国は英国との対立が日々激しくなっており、独立運動に加わっていたサジットは一刻も早く戦いに行きたかったのです。
しかし湖都ちゃんを見知らぬ異国のただ中に置いていくわけにはいきません。
ましてや争乱のインドに一緒に連れいくこともできません。
悶々としているサジットを見て、湖都ちゃんはインドに行けといいます。
そしてサジットは故国へ旅立ちました。
一人残された湖都ちゃんはサジットの仲間たちに支えられながら南京路で自分のお店を開きます。
そして顧客獲得のためにサジットの仲間の一人であるシャーロットのパーティーで自分の作ったドレスを御披露目しました。
そのとき、彼女の作ったドレスを全て買い上げた人物がいました。
その人は英国のインド総督であるアスター卿、つまりサジットのお父さんだったのです。
湖都ちゃんはサジットのお父さんに会えて喜びますが、アスター卿は湖都ちゃんをサジットの妻として認めたわけではありませんでした。
彼は湖都ちゃんがサジットをたぶらかしたと思い込み、彼と別れろといいます。
勿論湖都ちゃんがそんなこと承知するはずもありません。
アスター卿はそれならばサジットに独立運動から手を引くように伝えろと言いますが、これも当然はねのけます。
そして湖都ちゃんはあろうことか英国軍指令部に連行されてしまうのです。
そこで彼女は詰問されるのですが、途中、倒れてしまいます。
彼女のお腹にはサジットの子が、宿っていたのです。

サジットが側にいないまま、仲間に支えられて湖都ちゃんは彼の子供を産みます。
折しも日本と中国の関係が悪化し、上海が戦乱の地になる前でした。
そしてついに上海事変が勃発します。
その戦禍の真っ只中にある湖都ちゃんの住む家にアスター卿が訪ねてきました。
彼は湖都ちゃんに早く逃げろと言います。
湖都ちゃんはサジットとの子である真を彼に預けますが、湖都ちゃんが少し離れた隙に真を連れ去ってしまいました。
破壊と暴動が繰り広げられる上海の街中を真を追って湖都ちゃんは走りました。
途中、自分の店が滅茶苦茶になっていることに気づき中に入ります。
と、そこに一人の男性が現れました。
なんとそれは夫であった鬼堂院将臣さんでした。
彼は中国に赴任していたのです。
そしてそこに一年ぶりにインドから帰ってきたサジットも登場しました。
因業とも思える三人の邂逅です。

自分に子供がいることを知ったサジット。
実の父に連れ去られたことを知って取り戻す決意をし、再びインドへ向かいます。
今度は湖都ちゃんも連れて。
そして将臣さんも一緒です。
彼には諜報員としての役目があったからです。
インド独立運動による英国弱体化を図るため、サジットを通じてリーダーと面識を持つことが彼に課された使命でした。
果たして湖都ちゃんは無事に真を取り戻すことができるのでしょうか?

故国インドの地に辿り着くも真の行方は依然として知れません。
そればかりか英国の執拗な手が次々と襲いかかってきます。
そんな二人を将臣さんは守り続けます。
そうしてようやっとのことで湖都ちゃんは真と再会することができたのですが、それもつかの間の幸せでした。
湖都ちゃんを深い絶望に突き落とす出来事が待ち受けていのです…。

本作でサジットの深い愛に包まれて妻となった湖都ちゃんは、少女時代の殻を脱ぎ捨て、色香漂う息を呑むほどの美しい女性へと変貌します。
舞台は上海、インド、ハルピンとスケールが大きくなり、その地を彼女は駆け巡ります。
前作でも波乱に満ちた試練の多い世界に生きていた湖都ちゃんですが、本作では更にその過酷度が増しました。
読み手が辛くなるほどの熾烈さです。
それでもサジットへの愛と自分の夢を持って湖都ちゃんは切り開いていきます。
その劇的な人生を送った湖都ちゃんのお話しは大戦直前で終止符を打ち、あっと驚く結末へと導かれます。
読者からは賛否両論だったそうですが、私は是非を論じる前に、ただただ納得してしまいました。
そうか、この物語はこういうことだったのか、と。
府に落ちました。
最終ページが本作すべてを表しています。

激動の時代に相応しい物語で、一コマ一コマが名場面といっても良いほどの名作です。
特に最終巻は胸が張り裂けそうになる感動的な場面に溢れており、涙なしにはページをめくれないほどでした。
最も印象深いのは、ハルピンへ戻る将臣さんを見送る湖都ちゃんに、将臣さんが汽車の上から敬礼する場面です。
大戦中、女性たちはこうして戦地へと赴く愛する男性を見送り、そして男性は愛する女性に見送られたのでしょう。
それが今生の別れとなってしまった人たちも多かったはずです。
戦争とは何か、と今も尚取り上げられ論じられています。
敗戦国として辛酸を極めた日本では、決してしてはいけないもの、人間を不幸にするもの、と当然ながら多くの回答が否定的です。
ですが原点は、愛するものを守るために戦って生きることであったはずです。
本作のこの一場面がそれを教えてくれました。
そしてサジットとはまた違った、世にも美しい湖都ちゃんと将臣さんとの円舞曲のダンスシーンも素晴らしかったです。
白いドレスを纏った湖都ちゃんと軍服姿の正臣さん。
優雅に踊る二人の姿は、見ている側を夢見心地にさせました。
将臣さんが人前でダンスを踊るなんてと驚きですが、そのように彼を変えたのは湖都ちゃんなのです。

物語の主線は大戦前までで終了し、大戦中は中略されて、戦後の大団円のエピローグを迎えます。
大戦最中のことは割愛されていますが、またしても湖都ちゃんが激烈な世界で生き抜かねばならなかったことは想像できます。
そしてその苦境を乗り越えたことも。

激動の時代を駆け抜けた一人の女性の素晴らしい物語です。

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