「信仰の寓意」

ヨハネス・フェルメール

1671-74年制作 メトロポリタン美術館所蔵

 

 

 

  

大きな絵画が架かった厳めしい部屋の中に一人の女性が左肘を机につけて腰掛けています。

女性はその絵画を背にして、右手を胸にあて天を仰ぐようにして視線を上方に向けています。

瞳を大きく見開かせ、かつ口を半開きにさせたその表情は半ば放心しているように見えます。

肘をついているその机の上には開かれた状態の大きな本とワイングラス、そして銀色のイエスが懸かった木の十字架が置いてあります。

また足元には地球儀があり、なんと彼女は右足をその上に踏みつけるようにして置いています。

さらにその足元の先には死んでいるのが一目瞭然の口から血を吐いている蛇と1個のリンゴが転がっています。

実際には決してありえない、まるで客席から舞台を見ているような光景です。

一体これはどういうことなのでしょう。

タイトルは「信仰の寓意」と何やら難しそうです。

言葉の意味を辿ると、「信仰」とは特定の対象を絶対のものと信じて疑わないこととあります。

そして「寓意」はある意味を直接には表さず、別の物事に託して表すこととあります。

そうしますとこの絵は「信仰という形のない抽象的なものを形にして表した絵」ということになります。

つまり画面の中央に座している女性は人の姿を象った「信仰」そのものなのです。

そうすると彼女のポーズや周囲に置かれているものが一つ一つ意味を持ってくることがわかります。

それらは主に天と地で支配されています。

天井から吊るされている何かを映し出しているガラス球は、宇宙の無限的拡大、そして人間の理性の象徴を示しています。

「信仰」なる女性はこれを仰ぎ見ています。つまり「信仰」はこれを崇拝しているのです。

そして地にいる潰されている蛇は、イブをそそのかした諸悪の根源を「信仰」により撲滅をしたことを意味しています。

つまりこの作品は「信仰とは人間の理性を尊重し、絶対悪を撲滅するもの」と説いているのです。

フェルメールはその形なきものを見事に一枚のキャンバスの中に収めました。

しかし画面の左半分ほども覆うカーテンの描写の拙さや、女性のポーズやその手足のぎこちなさなどの粗が目立つことは否めません。

他の作品と比較して、この作品の評価がそれほど高くないのはそのためです。

けれどフェルメールブルーと称されたラピスラズリをふんだんに使用した青色の衣装にはやはり目が惹き付けられます。

 

 


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