「眠るジプシー女

アンリ・ルソー

1897年制作 ニューヨーク近代美術館所蔵

 

 

 

 

 

ここは何処なのでしょうか?

エジプト、アラビア、アフリカ・・・、いいえ、何処でもありません。キュビズムの最高峰、アンリ・ルソーが描き出した架空の国です。

画面に登場するのは、一人の黒人女性と一匹の雄ライオン。天空にある銀色の月が皓々と輝いて、その姿を照らし出しています。

なんという幻想的な光景なのでしょう。

画面中央にいるライオンは、何かをささやくようにして、安らかに眠っている女性のそばに静に佇んでいます。

彼は大きな胴体と鬱陶しいほどの鬣をもち、強健な四本の手足でそれらを支え大地を踏みしめています。

また、尾を中空でピンと張らせ、小さなまあるい目をしっかりと見開かせています。

無機的な姿と表情をしているのにもかかわらず、いまにも動き出しそうに感じられ、息遣いまでが聞こえてきそうです。

しかし、少しも獰猛さを感じさせません。

黒人女性は右手で長い棒を握り締めたまま、傍らに不思議な形をしたギターをおいて、横たわっています。

瞳も唇も半開き状態で、夢うつつといった状態でしょうか。ゆったりと大地に溶け込むかのように、心地よさを隠し切れずに眠っています。

夜のひんやりとした静かな空気が、こちらまで伝わってくるではありませんか。

不思議な、本当に不思議な現実にはありえない光景ですが、何故か胸をつかまれるような懐かしさに囚われます。

ライオンは何を想い、女性は何を夢見ているのでしょうか。

これはライオン、あるいは女性のどちらかの夢の風景なのでしょうか。それとも月が見せた幻なのでしょうか。

これは誰もが求める静寂な時と空間であり、荒廃した現代人の心が求めるオアシスなのです。

その心象風景をルソーは見事にそれを捉え、キャンパスに描き出したのです。

 

 


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