「大豹に襲われる黒人

アンリ・ルソー

1910年制作 バーゼル市立美術館所蔵

 

 

 

 

 

鬱蒼と生茂る亜熱帯植物群の中に一匹の豹がいます

豹は画面の中央で、その鋭い爪と牙を剥き出し、何かに飛びかかって喰らいついています。

その「何か」は全体が黒く、飛びかかっている豹と同じくらいの大きさがあります。

よく目を凝らしてその「黒い何か」を見てみると、それが人間であることがわかります。

シルエットのみで描かれていますが、その形は完全に人間です。

なんと豹が人間に襲いかかっているのです。

その真上には真っ赤な太陽が描かれています。

いたってそれはシンプルに描かれており、まるで日の丸のようです。

密林に沈む夕陽の中で豹に黒人が喰い殺されている風景・・・、アンリ・ルソーはそれを描いたのです。

実に恐ろしい題材ですね。

しかしそうであるのにも関わらず、この作品からは恐怖や嫌悪が何故か湧いてきません。

画面は静謐に満ちており、郷愁すら感じさせます。

何処かで見たことのある風景――そんな思いが込み上げてきませんか?

恐ろしい状況であるのに、何故でしょうか?

それはこの作品が「生の根源」を描いているからなのです。

この絵は我々の住む世界の方式を表した図なのです。

生命を取り込み、取り込まれることで、自然は成立しています。

我々はその自然の一部なのです。

この世に生を受け、やがて他の生命に取り込まれ、自然に還って行きます。

それがこの世界の正しい在り方なのです。

それは我々が生まれながらにして持ち合わせている「本能」です。

ルソーは、その「本能」をキャンバスに描きだしました。

これは我々の心の奥に潜む生の根源の心象風景なのです。

だからこそ懐かしい感じがするのでしょう。

「自然に還れ――」、そんなルソーの声が聞こえてきませんか?

 

 


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