「ベアタ・ベアトリクス

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ

1864-70年制作 テート・ギャラリー所蔵

 

 

 

 

 

「ベアタ・ベアトリクス」は「プロセルピナ」と並ぶロセッティの代表作品です。

タイトルの意は、”祝福されしベアトリーチェ”。

そして本作品のモデルとなったのは、ロセッティの妻であったエリザベス・シダルです。

ロセッティは自分の妻を、自分と同じ名前の13世紀に生きた偉大な詩人ダンテの永遠の恋人・ベアトリーチェに重ねて描きました。

画面には、瞼を閉じ、恍惚とした表情で顔を上げているシダルの姿が描かれています。

彼女は今、天に召され、閉じた瞼越しに「世々祝福される者の聖顔」を見ているのです。

シダルは、夫が真実自分を愛しながらも、他の女性・ジェイン・モリス(プロセルピナのモデル)に心を向けていることが耐えられず、

アヘン剤を過剰摂取し、あの世へと旅立ちました。

画面は、その生の苦悩から解き放たれ、新世界に受け入れられるシダルが描かれているのです。

ロセッティは「新生」から多くの引喩を画面に描きました。

シダルを中心に左側には緋の衣を纏った「愛」が、また右側にはフィレンツェの街を背に佇む自分自身が描かれています。

そしてベアトリーチェが死んだ9日の9を指している日時計があります。

シダルの手元には、頭に降臨を纏った赤い鳥が一輪のひなげしを咥え、彼女に渡そうとしています。

ひなげしはアヘンの象徴だとすると、鳥は天からの御使いなのでしょう。

他の女性に心を奪われた夫の仕打ちに耐えられず、アヘンを飲み自死してしまったシダル――。

文章だけ読むといかにも彼女が哀れで不幸な女性に思えます。

しかし果たして本当に彼女は不幸だったのでしょうか――?

自分の心が壊れるほど、シダルは人を愛しました。

この世に生を受け、魂が破壊するほどの愛を持てる人が、一体この世に何人いるでしょうか。

それは”生”を貫いた証でもあります。

その魂は新世界、天上において祝福されるのです。

画面のシダルは不幸には見えません。

羨望さえ持つほどに神々しく光り輝いています。

本作品は苦悩の生の解放というよりは、”愛の賛美”と言ったほうが正しいかもしれません。

 

本作品の額縁には、こう記してあります。

「太陽およびその他の星星を動かす愛」と。

これは詩人ダンテの「神曲」の最後の一文です。

 

 


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