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「これ、やるよ」 「わあ、ありがとう、うれしい」 そんな会話が聞こえてきそうな絵です。 画面には、陽光が広がる森の中にいる少年と少女、そして壮年の男性が描かれています。 季節は初夏でしょうか。 木々の緑が眩しく輝いており、光が満ち溢れています。 少年は、手のひらにいくつかの赤い果実をのせ、少女に向かって腕を突き出しています。 そして少女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら、それを受け取ろうとしています。 二人の背後には、年嵩の男性が斧で木を切り倒そうとしています。 彼は木こりであり、少女の父親です。 少女はタイトルの「木こりの娘」なのです。 三人の着ている衣服から、少年は富裕層の、そして少女は庶民の家の子供であることがわかります。 また家同士の格差はあれど、少年と少女が、お互いに好意を寄せあっていることも明らかです。 穏やかな風景を背景にした幼い二人の淡い恋心を描いた微笑ましい図、なのですが、実はこれは悲劇の始まりだったのです。 ジョン・エヴァレット・ミレイは、英国の詩人コヴェントリー・パットモアの木こりの娘モードと名士の息子との悲劇的関係を語った詩を題材にして本作を描きました。 “少女は手伝いに行っただけだった。 そして父親が木を叩き割ったり、のこを挽いている間、お金持ちの名士の息子である少年は、いく日もの間、おののいたように、立ち尽くし、代わる代わる見つめた、父ジェラルドと、娘モードを。 少年は時折、不機嫌そうに、果物を差し出し、そして少女は、いつも少年の贈り物を受け取った、素直な、自由な態度で よそよそしかった関係はすぐさま深いものとなった” 幼い二人の間に芽生えた恋心は、この後どのように変わっていったのでしょうか。 少年は立派な男性に、そして少女は美しい女性へと成長し、二人は身分の差を乗り越えて結ばれたのでしょうか。 それとも、住む世界が違うことがわかり、互いに子供の頃の良き思い出の人として心の宝箱の中におさめ、それぞれ違う道を歩んでいったのでしょうか。 いいえ、どちらでもありません。 二人はずっと思い合い続けましたが、身分の差は乗り越えられず、婚姻には到ることができませんでした。 モードは彼の子供を身籠って私生児として出産します。 そしてその子を水死させて、発狂してしまうのです。 この幸福そうな画からは想像もできない悲劇的な未来です。 しかし天才ミレイはこの画に暗い将来を予感させるアイテムを描きこんでいるのです。 欲情を象徴する少年の赤い毛と服は、それと対比するモードの父ジェラルドの高潔さを示す左隅のカシの葉により一層強調されています。 また二人の交わす熱い視線は後の二人の性を、少年の足元に落ちている不気味な鳥の羽は先の不幸を暗示しているのです。 季節が春から夏、そして秋、冬へと移り変わっていくように、これからの二人の道行きは暗転していきます。 二人の未来が悲しいものだからこそ、尚更にこの絵が美しく眩しく感じられます。 ミレイは、二人にとって最も幸福で輝いていたときを見事にキャンバスに描き出したのです。 |
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