「オランピア

エドゥアール・マネ

1863年制作 オルセー美術館所蔵

 

 

 

 

 

「オランピア」とは19世紀フランスにおいての娼婦の通り名です。

マネはその「オランピア」をヴィクトリア・ムーランをモデルにして描きました。

ヴィクトリアはマネのお気に入りのモデルでもあり、愛人でもあった女性です。

この「オランピア」が描かれた当時、彼女はまだ19歳という若さでした。

ヴィクトリア扮する「オランピア」はほんの少しの装身具を身に飾っただけで、あとは何も纏ってはいません。

真っ白なシーツで覆われた豪奢なベットの上に横たわり、堂々とその裸身を我々に見せつけています。

その彼女の側には黒人の召使が花束を持って立っており、また足元には尻尾を逆立てた黒猫がいます。

どこかで見たことのある状景ではありませんか?

そう、イタリア・ルネサンス期の巨匠ティツィアーノの描いた作品「ウルビーノのヴィーナス」です。

それもそのはず、マネはその作品から構図着想を得て本作品を描いたのです。

しかしこの作品は発表されると、卑猥な作品として物議を醸し出され、当世の画壇に大変なスキャンダラスを巻き起こしてしまいます。

当時では、生身の女性の裸体を描くことはタヴーに等しいことでした。

それまでに裸体画を描いた作品は数多く存在しましたが、それはどれも天上世界の女神たちに限ってのことだったのです。

それ故、マネは「不道徳」な作品を描いた画家として、人々から大変な反感を買ってしまったのです。

それにしてもマネは何故タヴーともいえる生身の女性の裸体を描いたのでしょうか?

それは作品「ウルビーノのヴィーナス」に対する誤解が起因となっています。

マネがこの作品を模写していた当時、この作品の女性は女神像ではなく高級娼婦――つまりオダリスクと見なされていたのです。

マネは自分なりの当世風の「オダリスク」を描くつもりで「オランピア」を描いたのです。

それが大変なスキャンダラスをもたらすことになろうとは、彼にとっては存外なことだったのではないでしょうか。

しかし不思議なことに、凄まじい反感を買いながらもこの作品はサロンで入選を果たします。

それは何故でしょうか?ヴィクトリアの裸身が美しいから?――いいえ、違います。

ヴィクトリアが堂々と我々に見せつけている真っ白な裸身は、確かに美しくはありますが、どこかまだ幼さがあります。

胸や腰まわりもそれほど豊かではなく、胸のほんの少しのふくらみさえなければあまつさえ少年のようにすら見えます。

「ウルビーノのヴィーナス」と比べて見ましょう。

豊かな肉体を持つ魅惑的な女神は、蕩けるような表情をして官能的な視線を投げ、見る人全てを誘惑しています。

対するヴィクトリアにはそれが全くありません。

ヴィクトリアは自分の裸身を堂々と見せつけながら、まっすぐな瞳をこちらに向けています。

射抜くような視線です。娼婦であり裸身を見せつけながらも、誘うことなく傲然としてそれを拒んだ瞳。

なんとも矛盾めいているではありませんか。

ですがそれがこの絵の最大の魅力ともなっており、見る人の心を捉えて離さなくしているのです。

タヴーとされながらもサロンがこの絵を受け入れた理由がここにあります。

そう、作品「オランピア」は、不可侵の神秘性を持った不朽の名作なのです。

 

夢に倦んでオランピアが目覚めると

優しい言葉を伝える黒人の腕のなかに春が入りこむ。

奴隷なのだ、こんな愛の夜に

甘美な昼のための花を飾りにくるのは

眠らない炎の裏に秘められた厳かな娘だ。

 

 


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