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「マドモワゼル・シャネルの肖像」 マリー・ローランサン 1923年制作 オランジェリー美術館所蔵
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何かに傷つき、絶望し、そしてあきらめてしまった――そんな表情をした女性が一人画面の中にいます。 女性は物憂げな瞳で、自分の頭を支えながら身体を椅子にもたれかけさせています。 彼女は黒いスカーフと青い衣服を身に纏ってはいるものの、上半身を半分はだけさせて胸を無防備にさらしています。 そこにあるのはただただ真っ白な肌――そう、女性特有のあの豊かな乳房はありません。 のっぺりとした肉体があるだけです。 全体的にその姿はほっそりとしていて、頬は少しこけています。 彼女の膝には愛らしい子犬がちょこんと乗っていて、またその背後には何故か鹿と鳥がいます。 背景は何も描かれておらず、ただ悲哀的な色調が塗り込められているだけなので、画面全体に哀愁感が漂っています。 悲壮な女性――そんな言葉がこの肖像画を見たとたんに思い浮かんできます。 果たしてこの憂愁を湛えた女性は何者なのでしょうか。 実はこの女性は、あのモード界の女王ココ・シャネルなのです。 ココ・シャネルは言うまでもなく、ファッション界でその頂点を極め、その名を全世界に知られたデザイナーです。 そしてこの彼女の姿を描いたのは女流画家のマリー・ローランサン。 シャネルとと同じ年に生まれ、そして同時代に活躍した人物です。 二人は、分野こそ違えど、男性社会の当時において己の名声を確立した女性たちでした。 その当世、ローランサンに肖像画を描いてもらうことが世間の流行となっていました。 これはその時代、絶頂にいたローランサンが描いたやはり絶頂期のシャネルの肖像画です。 ですが、この肖像画の評判は芳しくありませんでした。 描かれたシャネル自身もこの肖像画の受け取りを拒否しています。 ローランサン特有の夢見るような淡い色彩が塗りこめられた美しい絵画であるのにもどうしてでしょうか。 それはシャネル自身が望んでいた姿とはあまりにも隔たりがあった姿だったからだと言われています。 確かにシャネルの肖像にしては少し脆弱すぎるかもしれませんね。 周囲にいる人間全てを魅了してしまう彼女の持つ強烈な存在感――それがこの肖像画にはありません。 ショートカットの黒髪、細く長い眉に切れ長の黒い瞳、形の整った大きな口、と部分部分は確かに彼女です。 しかし白い裸身を無防備にさらして救いを求めているような頼りなげな姿は、時代の頂点にいた彼女の姿とはあまりにもかけ離れています。 孤児院で育ち、自ら企業し、そしてその世界の女王となったシャネル。 彼女は力強いアテネ神のような自分の姿を期待していたようです。 また別の理由には、同性愛者であったローランサンのシャネルへの愛を彼女が拒むためだったとも言われています。 この絵の受け取りをシャネルが拒否したとき、ローランサンはこう語ったそうです。 「シャネルは有能な女だけど、オーヴェルニュの田舎娘よ。あんな娘に折れてやろうとは思わなかったわ」 それでもこの作品が美しい肖像画であることには違いありません。 自らの力でファッション界の頂点に立ち、その栄華を極めたココ・シャネル。でもそれはあくまでも外面的なこと。 ローランサンは彼女の中にはかなげな美しさを見たのでしょう。 我々はローランサンの描いた作品から別の一面を持ったシャネルの姿を知ることができるのです。
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