神や英雄が登場するものこそ、絵画にふさわしいとされていた時代、その固定概念を崩した一人の画家がいました。
その画家の名はギュスターヴ・クールベ。写実主義の代表画家です。
クールベは現実をありのままを絵画にしたいと願い、それを実行した人物です。
彼は「生きた絵画を制作すること」を徹底し、目に見える現実を描くことが真の芸術だと信じていたのです。
理想化された世界の作品らが賞賛されていた当時のサロンから当然のごとく彼は嫌われます。
そのサロンに彼は一人で立ち向かい、リアリズムの世界を突きつけました。
それが1855年に万国博覧会に出品した「画家のアトリエ」と「オルナンの埋葬」です。
この作品らは本物以上の迫力をもった傑作品であるのにも関わらず、陳腐で下品と酷評され落選させれてしまいました。
それでも彼は博覧会場の近くの建物を借り、その作品らを自身の手によって公開したのです。
彼は時に傲慢とも呼ばれるほどの自信家でした。
だからこそこんな行動が成せるのでしょう。
また彼は「生まれながらの共和主義者」と呼ばれるほど、社会的関心の強い画家でもありました。
政府が与えたレジオン・ドヌール勲章も拒否し、「それより私は自由が欲しい」と言った言葉は有名です。
1871年7月に労働者によるパリ・コミューンが誕生すると、クールベもメンバーに加わります。
しかし、このコミューンはたった二ヶ月で制圧され、彼は首謀者として投獄されてしまいます。
釈放後、彼はスイスに亡命し、ついにフランスに戻ることのできないまま58歳でこの世を去りました。
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