「パオロとフランチェスカ」

アレクサンドル・カバネル

1870年制作 オルセー美術館所蔵

 

 

 

 

 

まるで今まさにその場を目撃してしまったかのような鮮烈な画面が目の前に広がっています。

一組の男女が胸から血を流し、今にもキャンバスから転げ落ちそうてきそうなほどあられもない姿で横たえています。

息絶えていることは明白です。

彼らの横には一人の男性が血糊のついた剣を下に向けて、恐ろしい形相で彼らを睨みすえています。

彼が二人を剣で刺し殺したのだということが一目でわかります。

この画面の中にいる彼らは一体何者なのでしょうか?

彼らはイタリア最大の古典文学であるダンテが描いた長編叙事詩「神曲」の地獄篇の登場人物なのです。

殺害された二人は悲劇の恋人たちの「パオロとフランチェスカ」、そして彼らを刺し殺したのはフランチェスカの夫の「ジョバンニ」です。

フランチェスカは政略結婚により、醜い容貌のジョバンニの元へ嫁がされますが、彼女は彼の美男子の弟パオロと恋に落ちてしまいます。

ある日二人が本を読んでいるときにパオロがフランチェスカをふいに抱き寄せました。

その直後にその場を覗き見ていたジョバンニに彼らは刺し殺されてしまうのです。

これはその場面を描いた作品です。

二人の悲恋の物語は古今東西に渡って多くの文学や音楽に取り上げられいます。

巨匠カバネルもまたこれを題材にし、そして見事に写実的に一枚のキャンバスの中に描き出しました。

しかし、写実的な描写で二人の死を描いてはいるというものの、死んでいるはずの彼らが何故か美しく見えます。

それどころか神々しささえ感じられ、憧憬すら抱いてしまうほどです。

フランチェスカの表情をご覧下さい。実に恍惚としているではありませんか。

死ぬ瞬間、彼女は愛する人の胸に抱かれたのです。

それは間違いなく彼女にとって至上の喜びだったのです。

彼らは死を持って永遠に結ばれました。もはや誰にも引き裂くことはできません。

カバネルは物語の一場面をただ写実的に描いただけではなく、死を持って貫いた愛の神聖さと崇高さを芸術的に仕上げたのです。

 

 


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