ART INVITATION Part.4   
 ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像
ジャン=オーギュスト=ドミニク=アングル
 
ルーヴル美術館の至宝の一つである「グランド・オダリスク」を描いた画家ドミニク・アングルの存在を知ったのは、生まれて初めて訪れた美術展に展示されていた「灰色のオダリスク」を観たときだった。
この絵は「グランド・オダリスク」のヴァージョン作品であり、当時の自分に強烈な印象を残した。
美術館に足しげく通うようになると、他のアングルの作品ともあいまみえるようになり、彼に関する知識が自然に増えていった。
アングルは、19世紀に古典主義の重鎮として、パリ画壇に君臨した人物である。
描かれた作品は世界中に名を知られている美術館に多く所蔵されている。
先に挙げた「グランド・オダリスク」の他には、やはり同じルーヴル美術館所蔵の「トルコ風呂」がよく知られている。
またナポレオンをはじめ、当時の権力者の肖像画も多く描いた。
「ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像」もそのうちの一作である。
小粋な水色のドレスを纏ったドーソンヴィル夫人が佇んだ姿が描かれた肖像画だ。
夫人は、ナポレオン帝政時代の高名な作家スタール夫人の孫娘であり、18歳のときに伯爵と結婚した女性である。
本作品が描かれたのは、夫人が20代のときであり、そのときにはすでに3人の子持ちだった。
この作品を知ったとき、その謎めいた雰囲気と美しさに惹かれ、いつか実物を観たいと思った。
そして願いは叶えられた。
本作品が所蔵されているNYにあるフリックコレクション美術館に訪れたのだ。
2003年のことだった。
このときの印象はというと――。
なんと覚えていないのである!
確かに見た。
その記憶はしっかりある。
確かにこの美術館に足を運んだ。
レンブラント、ターナー、フェルメールら巨匠の作品が展示されており、それらすべてが秀逸だったことに驚愕したこともはっきり心に刻みこまれている。
なのに何故か看板作品であるアングルが3年の月日をかけて描いた「ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像」を観た記憶だけがすっぽり抜けているのである。
あろうことにカタログを買ってくるのも忘れてしまったため、余計に思い出せない。
時差ぼけによる眠気で頭の中がぼーっなっていたか、異国での慣れぬ生活に気づかぬうちに心身が疲弊していたか。
なんにせよ、あれほど焦がれていた「ドーソンヴィル夫人」とせっかく対面できたのに実に悲しいことだ。
画面の夫人は、首をかしげたポーズで観賞者の心を見透かすかのような瞳でじっとこちらを見つめている。
無表情なため、ともすれば大きな人形にも思え、無機的とも冷たいとも感じる豪奢な調度品と相まって、画面全体に緊張感を走らせている。
また水色のドレスと髪にあしらわれた鮮やかな赤いリボンの絶妙な色彩のコントラストが、画を引き締め、“静かなる美”的な雰囲気を醸し出している。
特筆すべきは、夫人の右手が人体のありえないバランスで描かれていることだ。
それなのに何故か夫人は美しく魅力的で目が離せない。
「グランド・オダリスク」もそうだが、アングルは故意に人体の一部を不自然に描くことで、画面の人物をより一層美しく見せた。
それが画に不可侵性を持たせ、ミステリアスで不可思議な空間を作り出しているのである。
卓越した芸術家ならではの着眼点、構想、そして技巧である。
この名作を観たのに、思い出せない。
観たい、この絵を、もう一度。
「ドーソンヴィル伯爵夫人」に会いたい。
フリックコレクション美術館はその所蔵作品の貸出を禁じている。
来日の可能性はない。
ならば行くしかない、もう一度、NYへ。
呼ばれているのかもしれない。「ドーソンヴィル伯爵夫人」に。


*「ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像」ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル 1845年制作 フリック・コレクション美術館所蔵 
アングルが60代のときに描き、賞賛の嵐だった作品。モデルのルイーズは当時社交界の華であった

BACK