真珠の耳飾りの少女    ごらん、グリード・・・この瞳の輝きを・・・!

2003年アメリカ・イギリス・ルクセンブルグ共同作

監督:ピーター・ウェーバー

出演:スカーレット・ヨハンセン/コリン・ファース

 

【あらすじ】

貧しい家計を支えるために画家・フェルメールのいる子沢山の家庭に奉公に出ることになった17歳の少女グリード。

グリードは無学で文字も読めなかったが、彼女には自分でも気づいていない卓越した才能を持っていた。

彼女の無自覚な才能、それは色彩に対する鋭敏さだった。

少女・グリードの卓越した才をすぐに見抜いたフェルメールは、アトリエの仕事を彼女に手伝わせるようになる。

やがて彼は優れた感性によって養われた彼女の内面の美しさに気づきそれに惹かれていく。

そして彼女にインスピレーションを感じた彼は彼女をキャンバスに描こうと決意する・・・。

 

【翡翠の勝手に作品解説】

ヨハネス・フェルメールは16世紀に活躍したオランダを代表する画家である。

完璧な写実と美しい色彩で描かれた彼の絵画は生前より評価を受け、彼は当時より天才画家として名声を得ていた。

だが、それにも関わらず、彼の家計は常に逼迫していたという。

それは、彼が10人以上の子供を持ち、尚かつ高価な絵の具をふんだんに使用していたせいだといわれている。

また作品も寡作であった。現存する作品は42点ほどしかない。

その中で代表される作品はこの映画のタイトルである「真珠の耳飾りの少女」である。

この名画は「西洋のモナリザ」と称された世界中の誰もが知る普及の名作だ。

決して大きいとは言えないキャンバスに描かれた少女は、どんな大きなキャンバスに描かれた絵画よりもはるかに大きな存在感がある。

まるで生きた少女がそのままキャンバスに埋め込まれたかのようである。

微笑んでいるようであり、憂いているようである表情は一瞬にして見る人の心を捉え、印象強く心に食い込ませる名画中の名画だ。

この映画はその名画を創作する過程を描いた作品である。

実際にこの名画のモデルとなった少女は不明とされているが、映画の中ではスカーレット扮する少女グリードがモデルになっている。

グリードは貧しい家計を支えるために、フェルメールの家に奉公に来た17歳の少女である。貧しい生まれなので、当然のことながら学がない。

そのため文字も読めなかった。しかし彼女には卓越した才能があった。それは優れた色彩の感性である。

彼女の色彩の感性は日常の生活の中で培われたものである。自然の新鮮さが、彼女の持つ感性の芽を養わせたのである。

それは輝く太陽の赤い色であったり、まぶしい空の青色であったり、夕陽の黄色であったり・・・と。

無学だが(だからこそなのだが)、透明な心を持つ彼女は自然の新鮮には鋭敏であった。

自然をそのまま受け止める無心さが彼女という人間を作り上げたのである。

彼女は芸術家になくてはならないもの、五感を超えた第六感を持った少女だったのだ。

彼女の色彩に関するただならぬ鋭敏さに、天才フェルメールはいちはやく気づく。

彼は彼女の中に己の霊感を見出し、彼女をキャンバスに描こうと決意するのだ。だがそれは彼の妻にとっては裏切りの行為に他ならなかった。

妻は彼を愛してはいたものの、芸術家としての才能を理解することはできなかった。

教養もあり、育ちも良い彼女には悲しいことにフェルメールが一番望んだ心の奥深い部分を汲み取ることができなかったのである。

グリードは言葉にしなくてもそれを先天的に理解していた。

そして名画「真珠の耳飾りの少女」は完成する。それは彼の妻よりもはるかに美しく描かれた肖像画だった。

これを見て憤慨しない女性はいないであろう。妻は叫ぶ。「何故わたしじゃないのっ!」と。

フェルメールとグリードは肉体的には一度も結ばれなかったが、男女の絆を超えた心の奥底の部分、他人には理解しえぬ芸術家の感性と

感性が奏であったのだ。才能を持つもの同士の融合された力、その具現化したものがこの名画なのである。

人生においてこのような奇跡的な出会いをする人間は幾多もいない。

だからこそこの名画は何百年たった今でも世界中の人々を魅了しているのだ。

また、この映画の監督であるピーターはフェルメールの芸術性をよく理解している。

そのためフィルムの1コマ1コマがフェルメールが描いた絵画のような仕上がりとなっている。

映画だから動きがあるのは当然なのだが、それでも時を止めたような静謐さは画面全てに行き渡っている。静かなる芸術動画とでもいおうか。

そしてグリードが下働きしているシーンや下町の風景は実際には多分小汚いはずであるが、清潔に描写されている。

これはグリードの視点から捉えているのだろう。日常生活を通して感じることのできる美がここにある。

磨かれた床、真っ白なシーツ、取れたての野菜、洗われた食器、卸し立ての魚や肉など。

優れた感性を持つ人間はこれを見逃さない。この映画はそれを如実に表現している。完成度の高い映画である。

だが、芸術に携わっている人でないと、見るのは少し難しいかもしれないということは一応ここに加筆しておくことにする。

 

 

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真珠の耳飾りの少女


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