アパートの鍵貸します
1960年米国作
監督:ビリー・ワイルダー
出演:ジャック・レモン/シャーリー・マクレーン
【あらすじ】
バドは保険会社に勤務するサラリーマン。出世を夢見る彼は、会社の上司に情事の場として自分のアパートを貸し出していた。
その企みは上手く行き、上司からの受けもよくなった彼は、出世への道が開いたかにみえた。
だがある日、彼は密かに思いをよせている同じ会社のエレベーターガールのフランが、自分の上司と不倫している事実を知りショックを受ける。
しかもあろうことか、その彼女は自分が提供した情事の場、つまり自分のアパートで自殺未遂を起こしてしまうのだ。
バドに助けられ、一命を取り留めたフラン。彼女は彼から手厚く介護を受け、心身ともに快方に向かっていく。
だが、彼女は上司に心を残したままだった。バドの思いは彼女に届かない・・・。
【翡翠の勝手に作品解説】
1960年に米国で制作され、アカデミー賞作品賞受賞の他に主要5部門も受賞した名監督ビリー・ワイルダーの作品である。
この作品がいかに素晴らしいかは、他のサイトのレビューをご覧になればおわかりいただけるだろう。
ユーザーの誰もがこの作品に五つ星中五つの星をつけているからだ。
1960年といえば、今から約50年前の作品である。で、あるが、今現在見ても新鮮みがあって面白い。
ストーリーは全く陳腐で単純。古今東西どこにでもある話である。
保険会社に勤務する主人公バドは同じ会社に勤めるキュートなエレベーターガール・フランにひそかに思いを寄せている。
でもフランは実は自分の上司と不倫の真っ最中だった・・・。
ほんとにどこにでも転がっている話である。なのに何故この映画は不朽の名作として今も多くの人々に愛され続けているのか。
それは名監督ワイルダーの手腕はもとより出演者の演技と科白回しがずば抜けて素晴らしいからに他ならない。
コメディ映画らしくテンポよく歯切れよく展開が進んでいく。見ているこちらが爽快になるほどの軽快さである。
そして出演者は演技とは思えないほどの表現力で画面に登場する。
出世のために上司に媚を売る情けないサラリーマン・バド。誰が見てもだまされているとわかるのにそれに気づかず悪い男に溺れるフラン。
自分の権力を使って(文字通り職権乱用)部下を利用し、職場の女性に手を出す上司フレッド。
現代の社会の図式そのものではないか。昔も今もこの図は変わっていない。
また男が出世のために、女が男のために自分の人生をかける図もそのままだ。
本当に陳腐。全く陳腐。どこにでも転がっている、あなたの隣にもある、そんなストーリーなのだ。
なのに何故多くの人に支持されたのか。それは反転するようだが、やはりどこにでもある話だからである。
この作品を支持した多くの人々は、これらの登場人物らに共感するのだ。
バドなど最たるもの。古今東西下っ端(失礼)のサラリーマンの姿がバドなのである。不倫はいけないこと。職場の不倫は特に駄目。
だがバドは自分が下っ端から抜け出すために、上司らの情事の場所として自分のアパートの鍵を差し出す。
プライドも何もあったものじゃない。そこには男は出世してなんぼのものという社会の図式が昔から世の男性の心根にあるからだ。
アパートの鍵を差し出し、上司にこびへつらうなさけない姿は出世への野心をいだく現実のサラリーマンの姿そのものではないか。
これを見た男性諸君は「ああ、わかるわかる」と画面を見ながらうなづいたことであろう。
対する女性陣はフランに大いなる共感を抱くはずだ。キュートで可憐な彼女は職場の上司の格好の餌食。
また女性なら誰でも金と権力を持つ力のある男に憧れるように、彼女もまったくその通りの道を歩んでしまう。
物語の冒頭でフランは上司フレッド(バドの上司でもある)に別れを切り出す。妻子ある男性との付き合いに未来はないと自分で見切ったからだ。
だが彼女はずるがしこいフレッドにいいくるめられてしまう。フレッドは今も昔もおなじみの「妻とは別れる」という言葉の餌を彼女に投げるのだ。
全くそんな気はないくせに・・・。そこでフランは再びこの悪い男によろめいてしまうのだ。いとも簡単に・・・。
女性の観客は心の中で「バカッ!」と叫んだことだろう。でも「バカッ!」とは思っても彼女の気持ちは十二分するほどわかるのだ。
だまされているとわかってもなおひきづられてしまう。
嘘とはわかっていても女性というものは男性の力強い言葉に弱いのだよ、男性諸君。責めないでくれ。
そして彼女はバドのアパートでフレッドと逢引をするようになる。それに気づいたバドはたまったもんじゃない。
自分が手引きした情事の場所で上司と意中の人が逢引するなんて・・・。
それがわかったときのあのバドの表情!見ていた男性諸君は「うっ!」と思ったはずだ。しかもフランはそこで自殺未遂騒動まで起こしてしまう。
フレッドが家族と別れて自分と一緒になる気などないとわかったからだ。この場面は男女どちらでも「ああ、やっぱり」と思ったことであろう。
恋に命をかけて敗れた女性の辿る道は一つ。彼女はバドのアパートで自らの命を絶つ。このへんも恋愛ストーリーのセオリー通り。
だが彼女はバドに発見され、一命を取り留める。バドのアパートで彼から手厚く介護され、次第に回復に向かうフラン。
ここでフランが彼の愛に気づきハッピーエンド・・・と、とは残念ながらならない。そううまくいかないのだ。そう簡単にいったら映画は面白くない。
彼女の心はまだフレッドに向いたままだ。それどころか彼はここで彼女から致命的な一言をもらうのだ。「あなたを好きになればよかった・・・」と。
このときのバドの顔!男性諸君はあ〜あっ、と思ったろう。「嫌いよ」といわれるほうがまだましなのだ。演技とは思えないあの表情。
バド扮するジャックは過去好きな女性からこの科白言われたことあるんじゃないかって思われるほど真に迫っていた。
でも神様(ここでいう神様はワイルダー)は真の愛の味方。やがて二人を取り巻く状況は大きく変わっていく。
職場の秘書に自分の不貞を家族にばらされたフレッドは、妻から離縁されてしまう。
そして一人になった彼はちゃっかりフランとよりを戻そうとする。フランは当然有頂天。このあたりを見て女性はまた「バカッ!」と叫んだであろう。
フランに去られ、会社にも嫌気がさしたバドは、職場と情事の手引きの場所であったアパートを去ることを決意。
そこでどんでん返し。神様はやってくれた。ついにフランに真の愛の目を覚まさせてくれたのである。
フレッドからバドが会社を辞めたことを聞いた彼女は一瞬にして全てのことを理解する。(このときのマクレーンの作った表情は見事!)
そしてフランはフレッドの前から姿を消す。消え方もかっこいい。フレッドが一瞬離れている間に帽子とコートだけをおいて去るのだ。
彼女が残した帽子とコートが映し出された画面を見て、多くの観客は「よしっ!」と思ったに違いない。
アパートを引き払うための片付けをしているバドのところに向かったフラン。
物語はハッピーエンドで終わるのだが、彼らが抱き合ってキスして・・・なんてそんな陳腐な終わり方にしない。
このあたりがワイルダーの才覚をよく発揮しているところである。
突然現れたフランに驚くバド。そんなバドを尻目に彼女はアパートの中ででんとすわって突然カードを切り始める。
何がおこったのか言葉にしなくてもわかったバドは、何も言わずシャッフルされたカードを受け取る。(このときのバドの表情にも注目!)
ふたりはしばらくカードのシャッフルを続ける。言葉にしない思いのやりとり。愛情がびんびんと伝わってくる。
これはこれからの二人の幸福な未来の暗示でもある。ワイルダーは陳腐な恋愛ストーリーの結末を、こういった形で終了させている。
つまり観客に二人の未来を創造させているのだ。幸福しか想像することのできない未来を。(創造と想像は違います、念のため)
冒頭から三人の恋の行方を我々に追わせるだけ追わせておいて、最後にはこちら側にその結末を委ねる。憎い心遣いだ。
最後の最後までテンポは落ちない。こんなにも見ていて楽しくなる映画はそうないだろう。恋愛映画最高の傑作品である。
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