新井素子(あらい・もとこ)
1960年生
東京都練馬区出身
立教大学文学部ドイツ文学科卒業
高校時代に作家としてデビューし、以後学生生活を送りながら執筆活動を続ける。
1977年「あたしの中の・・・」で第1回奇想天外SF新人賞佳作入選
1981年「グリーンレクイエム」で第12回星雲賞日本短編部門受賞
1982年「ネプチューン」で第13回星雲賞日本短編部門受賞
1999年「チグリスとユーフラテス」で第20回日本SF大賞受賞
今から30年近い昔、新井素子氏を知らない女子中高生はいなかった。
彼女は、小説「星へ行く船」シリーズで絶大な人気を誇った少女作家であった(後に一般作へと転向)。
彼女の作品は多くの少女たちに支持され、またそのほとんどがベストセラーとなり、書店では彼女の作品が常にうず高く積まれていた。
そして彼女自身「素子姫」と呼ばれ、少女たちの教祖的な存在にもなったほどであった。
今現在、彼女の執筆活動は止まってしまい、彼女の作品を書店でみかけることは少なくなってしまっているが・・・。
彼女は少女小説家であり、読者の視点を中高生にあてていたが、そのジャンルはSFに属する。
その当時、時代は世紀末へ向かっており、SF小説が流行していた。
未知の世界への不安と憧れが人々の夢想を掻きたてていたのであろう。
それに呼応するかのようにして、朝日ソノラマ社や早川書房、そして奇想天外社や角川文庫らがたたき売りのように してその手の小説を数多く刊行した。
そんな中、その大衆の心理を満足させるかのように、彼女は次々と作品を発表していった。
しかしSFモノとはいっても、彼女の作品は基本的に少女たちの望む恋愛ドラマからは外れることはなかった。
主人公は必ず「恋する若い娘さん」なのだ。
自分の世界とは程遠い架空の物語であったのにも関わらず、多くの少女たちの共感を呼んだのはそれが理由であろう。
また、多くのSFモノは世に蔓延していたが、読者層を少女たちにあてたSF小説を書いていたのは彼女以外にいなかった。
その独特の文体も少女たちから支持を受けた理由の一つにある。
彼女の作品のほとんど(全てといってももよい)は、一人称で描かれている。
しかもそれは「私」ではなく、「あたし」なのだ。
読者はこれによって、主人公と一体化となることができ、物語を自身のものとして楽しむことができた。
ストーリーは主人公の口語形式で進行されていく。
これは、今現在もだが、この手法でストーリを描いている作家はいない。
と、ある作家が彼女のことを「一人称でしか書くことのできない作家」と酷評したことがある。
この言葉に憤慨した彼女は、三人称での小説を発表した。それが作品「ラビリンス」と「ディアナ・ディア・ディアス」である。
三人称の小説を発表したことからわかるが、彼女は一人称でしか作品を描けないわけではない。
一人称で描くことが彼女の世界を表現するのに最も適しているからその手法を用いているだけなのである。
実際、小説は三人称で描くよりも、一人称で描くことのほうがはるかに難しいのだ。
一人称の話し言葉で描かれた彼女の文体は、「国語を崩した駄目作家」とも非難された。
しかし彼女の文体は決して国語の基本からは外れてはいない。
言うなれば、音楽の編曲なのである。
基本の楽譜から奏でられる音楽をさらに楽しくきかせるためにアレンジさせているのと同じなのである。
彼女は自分の内面世界への表現の仕方をよく知っている作家なのだ。
それがあの独特の文体につながっているのである。
「星へ行く船」が三人称のきっちりとした固い文章で描かれていたら、あれほどまでに多くの読者からの支持を受けたであろうか?
答えは”否”である。
過去においての近未来が今になり、宇宙進出が当たり前になったこの時代、人々の未知の世界への憧れが廃れてきてしまっている。
残念なことに今現在では夢あるSF小説は影を潜めてしまった。未来と夢が現実になってしまったからだ。
現代においては、非現実的なものは嘲笑されてしまう風潮にさえある。夢のない時代だ。
そんな時代において、人々の乾いた心に夢を与え想像力を掻き立たせることは、作家の使命の一つである。
彼女にはまたあの「あたし」で始まる文体の、奇想天外な作品を世にぶちかましてほしいと思う。
彼女ほど無限の想像力を持つ作家はいないのだから。
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