藤本ひとみ(ふじもと・ひとみ)
1951年生
長野県飯田市出身
長野県飯田風越高等学校卒業
12年間の公務員生活を経て、作家となる。
「眼差」で第4回コバルト・ノベル大賞受賞
フランス政府観光局名誉会員
アカデミー・ドゥ・カスレ名誉会員
ナポレオン史研究学会員
ブルゴーニュワイン騎士団騎士
実を言うと、好きな作家ではなかった。
この作家の存在を知ったのは、わしがまだ中学生の時だった。
彼女は集英社が発行している少女小説誌「コバルト」の人気作家だった。
当時の「コバルト」は、少女達の間では絶大な人気を誇る少女小説誌であった。
特に、この誌から刊行された氷室冴子氏の「多恵子ガール」と「なぎさボーイ」は、ほとんどの少女が手にしていて、それはまるでバイブルのように崇められていた。
この氷室氏と人気を二分し、かつもう一つのバイブルとして崇められていたのが、この藤本ひとみ氏とその著作「マリナシリーズ」 であった。
これは恋愛漫画をそのまま文字化したような小説であった。実際、書籍の表紙には人気漫画家を起用している。
その表紙を見れば、大体どんな内容のストーリーなのかが想像できた。
リアリティの濃い話を好むわしは、当然のごとくこの手の小説を避けた。
彼女の名前とその著作の存在は知っていても、手に取って読もうとしなかったのである。
そんなわしが彼女の小説を読むようになり、なおかつ新刊本を心待ちするようにまでなってしまったのは、彼女のある作品がきっかとなっている。
それは角川書店から文庫で出版されているテーヌ・フォレーヌ物語シリーズの「王女アストライア」という小説だった。
これはギリシャ神話をモチーフにした恋愛小説である。
ギリシャ神話をこよなく愛していたわしは、その頃(今でもだが)それに関係する話を読みまくっていた。
この本も例外ではなかった。作者が誰であろうとかまわなかった。
この本を目にするやいなや手にとって読みはじめたのである。
また、挿絵を描いているのが人気イラストレーターの高田明美氏であったのも心惹かれる理由の一つであった。
読んでみて気に入った。面白いのである。
ストーリー自体は単純であり、呪いをかけられた女性が決して結ばれることのない男性に恋をし、その苦難を乗り越えていこうとするというものであった。
その内容がすいすいと水が流れるように、頭の中にしみこんできたのである。
それは物語の登場人物や背景が明確に設定されており、文体が無駄なくすっきりしていたためでろう。
非常に読みやすくわかりやすかった。
文章への過分な装飾も飽食気味な芸術的表現もまったくない。
また幾重にも続いた扉を開けていくようなストーリーの展開の仕方も見事であり、それに引き込まれ、巻末になるまで本をはなすことができないほどであった。
わしは彼女の描く世界にすっかり魅了されてしまった。
そして折りも折、コバルト誌から文庫を出版し続けてきた彼女も、転換期を向かえ、それまでの少女小説から大人の女性向けの現実味を帯びた作品を描くようになっていったのである。
わし好みの作品を描くようになった彼女の作品を私は読み漁っていった。
転換期後の彼女は、フランスの史実に基づく作品を多く描いている。
若い頃医者を志していた理系の人間だけあって、頭の良い人間らしく、資料をしっかりきちんと集めて分析し、土台となる物語の基盤を作ってから自分の世界を展開していっている。
ストーリーが進むにつれて、物語の基盤がずれたり壊れたりすることが決してない。
物語のテーマと起承転結はこれでもかというほど明確である。
また理系の人間特有な冷静的な人間への観察力をもって、登場人物たちの細かい心理描写を見事に表現しきっている。
完璧な小説手法の持ち主である。
少女小説を書きまくり、少女の心を知り尽くした彼女が、この完璧な小説の手法を持って今後どんな大人の恋愛物語を書いていってくれるか非常に楽しみである。
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