ツタンカーメン

著者:山岸凉子

 

 

 

ハワード・カーターは、古代エジプト王の一人「ツタンカーメン」の墓を発掘した高名な考古学者です。
発掘史上発見された遺跡の中で「古代都市トロイア」と並んで最も知られているのが、その「ツタンカーメン王墓」であり、双方とも世界史の教科書にも登場するため、歴史にさほど興味がない方でも「ツタンカーメン」の名はご存知でしょう。
本作は、ハワード・カーターがツタンカーメンの墓を発見し、そこに納められている棺を開け、気の遠くなるような長い時を眠り続けた王と対面するまでのストーリーが描かれています。


物語の始まりは1903年。
ハワードはエジプト考古局の査察官でした。
当時のエジプトは横領や着服が跋扈しており、生真面目なハワードはそれに真っ向から対峙したため、考古局を解雇されたような形で辞めることになりました。
しかしエジプトで未盗掘の墓を見つける夢を捨てきれない彼は、不思議な力に導かれながら、紆余曲折を経て、英国貴族のカーナボン卿の支援を受け、ついには王家の谷の発掘に取りかかることができるようになったのです。
しかし数年経ても、芳しい成果は上がりません。
王家の谷の墓の全ては、盗掘されていたため、遺跡を発見しても、残骸程度しか見つからないのです。
いかな富裕貴族のカーナボン卿でも、成果が出なければ発掘に出資する意味がありません。
ハワードに打ちきりを告げますが、諦めきれぬ彼は卿を説得し、もう一年の期間延長を懇願し、なんとか契約を取り交わしました。
ハワードが王家の谷で発掘できる猶予はあと一年。
その一年で、成果を見せないと彼の夢は潰えます。
ハワードの最後の執念とも思える発掘調査が始まりました。
そうしてついに彼は夢のきざはしを見つけたのです。
それは1922年11月4日のことでした。

エジプト史上最も有名な王の一人、ラムセス二世は歴代の王の名を記録させ、後生に残しました。
その王名表に刻まれている王の墓のほとんどは発見されており、しかも盗掘されてしまっていました。
しかし何処かに未盗掘の王の墓はある、と夢見る考古学者らは発掘調査を続けました。
ハワード・カーターもその一人でした。
その彼によって発見された「ツタンカーメン王」は、幻の王とされていました。
王名表にその名は記されていないのにも関わらず、発掘現場からは「ツタンカーメン王」を匂わせる副葬品らがチョロチョロと出てくるからです。
それは何らかの理由により、その者が歴史上から消されてしまったことを暗示しています。
そしてその王は、誰の手にも触れられることなく、恒久とも思える時、眠ったままでいる可能性を秘めていました。
しかし王家の谷はほぼ発掘され尽くしていました。
所詮は幻の王と思いきや、「ツタンカーメン王墓」はやはりその王家の谷から発見されたのです。
それもほぼ埋葬されたときと変わらぬ状態で。
ハワードは、未盗掘の、それも王名表に記載されていない幻の王が実在したことを証明する千年来の発見を成し遂げたのです。

ハワードの発掘生活は苦難の連続でした。
カーナボン卿と出会うまでは、食うや食わずの生活を送っていました。
それでも英国に帰郷せず、エジプトの地を離れず、発掘の仕事を続けました。
そのハワードの並々ならぬ発掘に対する熱情と大いなるエジプトの歴史への敬意と愛情が、眠り続ける王に届いたのでしょうか。
困難が立ちはだかったり、命の危険に迫られたりすると、彼は必ずといっていいほど不思議な力で庇護されたのです。
本作にはそれらがつぶさに描かれています。

本作のストーリーの主線は、ハワードがツタンカーメンの墓を発見することですが、関連して時折挿入されているエジプトの歴史四方山話も大変面白く、興味津々で読むことができました。
紀元前千二百年頃より近年に至るまで、一つの村自体がずっと泥棒家業をしていたなど、エジプトならではの破天荒さ、規模の大きさを知ることができました。
また山岸さんの素晴らしい筆致で描かれるエジプトの雄大な自然や遺跡群、そしてハワードの発掘調査の仕事風景は実に見応え読み応えがありました。
特にツタンカーメンの墓を発見した後の、ハワードを筆頭に棺を解体していく様子は、まるで当時の現場をそのまま見ているかのようでドキドキしました。
読み手ですら、そうなのですから、当事者たちはもっと胸が高鳴っていたに違いありません。

そして見所もいくつもありますが、一番胸を打ったのは、ハワードが王墓の通路の壁の隙間からツタンカーメンの数多くの副葬品が置かれていた光景を見たシーンです。
読んでいるこちらも、あっ、と息を呑んでしまうほどの劇的な画でした。
もう一つは、物語のキーパーソンである謎の美少年カーが、ハワードの夢の中でツタンカーメンの墓の蓋を開けて滑り込むようにして潜りこんだシーンです。
この場面を見たとき、作品を読みながらずっと心の中に閊えていたものストンと落ち、すべてが納得した気分になりました。
この物語のすべてを表し、閉幕をも告げるそのクライマックスシーンに、読み手とハワードの心情がシンクロします。

それにしても今更ながらですが、エジプト五千年の歴史の凄さには圧倒されました。
紀元前の、それも想像もつかないほどのはるか昔に、これほどまでに優れた文明があったとは驚異としか言い様がありません。
金、金、金、と溢れかえるほどの黄金の他、数多くの様々な宝石をあしらった素晴らしい装飾品や細工品、色彩鮮やかな壁画、そして巨大な建造物。
それらを作り上げた高度な技術を持った国を統治した、古代エジプト王たちの偉大さ強大さには畏怖の念を抱かずにはいられません。
エジプトは以前から行きたかった国ですが、本書を読んでますますその思いが強まりました。
この目であの国を見てみたい、直に肌で空気を感じたい、という思いが心の底から沸き上がってきました。

エジプトを舞台に繰り広げられる、ヒストリカルロマンストーリーです。

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