シロがいて

著者:西 炯子

 

 

 

全7話で構成される西炯子さんの作品です。
物語は、東京郊外に新しく家を建てたばかりのある一家のところに子猫がやって来た場面から始まります。
その一家は、父、母、姉、弟の四人で構成され、猫を連れ込んだのは5歳の弟の航(わたる)でした。
新築の家を傷だらけにされたくない父親は猛反対しますが、なんだかんだで結局飼うことになりました。
猫は外見通り“シロ”と名付けられ、家族の一員となり共に成長していきます。
穏やかなありふれた一般家庭でしたが、時とともに家が傷んでいくように家族間にも軋みが生じ始めました。
そして大多数の人が「これくらいまだ大丈夫」と思い込むように、そのままやり過ごすのですが、最後には修復不可能なほどになってしまいます。
始まりは和やかなホームドラマでしたが、次第に重みを増していきます。
父親はかなりのブラックな人物で読み手のほとんど(特に女性)は嫌悪感を持つでしょう。
父親は理想を持っていました。
自分の建てた家に住む人間、ひいては家族はこうあるべきだ、と。
長女は要領よく何でもこなす所謂出来の良い子でした。
しかし弟は、いまひとつパッとしません。
読者視点ではそうは見えないのですが、それが父親の目に映る息子の姿だったのです。
弟は“シロ”がブサイクな猫で誰も引き取ってくれないからと可哀想に思って家に連れてきてしまうような情の深い少年でした。
だからつい流されてしまい、それが父親には惰弱に感じるのです。
そして自分の思い通りにいかない苛立ちからか、会社の部下と関係を持ってしまいます。
それは長年に渡って続きました。
父親は、自分の理想とする「家」を追うあまり、家族に対して「感謝する」という最も大事なことをしませんでした。
家をきちんと守っている妻のおかげで自分は毎日安心して仕事に行けるのであり、また二人の子どもたちは健康で真っ直ぐに育ってくれているのです。
しかも姉弟仲は良く、二人とも家族思いで心の優しい子たちです。
家族の綻びは修正されることなく傷口は広がり、ついに住んでいる家屋同様にボロボロになりました。
家を建ててから17年目に「大黒柱を取り替えるとリフォームではなく新築になります」とまで言われます。
それでも母親と娘は、必死に家と家族を立て直そうしますが、それに対しても父親は暴言を吐くのです。
「こんな父親なんか捨ててしまえ!」と読み手は憤りますが、それは娘の「家族じゃないの」という言葉によって黙せざるを得なくなります。
シロは年老いて病にかかり、ガリガリにやせて歩くのもままならなくなりました。
オムツもしています。
それでも生きています。
本作では、世間一般が理想とする家族像が本当に幸福に繋がるのかを、全頁に渡って疑問符を投げています。
新しい家での生活スタートが明るかった分、それは不快さを含めて重く心にのしかかってきます。
物語後半で航は家出をしますが、その後を必死にシロが追いかけてくる場面は涙がぼたぼたこぼれました。
一番涙を誘うシーンです。
一説によると、飼い猫は人間が選んでいるのではなく、猫の方で飼い主を選んでいるのだとか。
するとシロは自ら選んでこの一家の元に来たのでしょう。
どんなに辛く苦しくても「ともに生きていくのが家族」であることを教えるために。
良かったね、「シロがいて」。

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