お父さん、チビがいなくなりました

著者:西 炯子

 

 

 

長年連れ添った夫婦が、人生の終局になって離婚することが昨今珍しくなくなりました。
勤め先を退職し、家にいる時間が多くなった夫と妻は会話ができないからです。
社会現象化されたこの熟年離婚は、ドラマにもなり多くの視聴者の共感を呼びました。
本作品もそうです。
夫70歳、妻66歳。
夫婦は東京の郊外の一軒家で暮らしています。
子供は三人いますが、全員家から巣立ちました。
夫は週に二回、相談役として会社に行く以外は、家の近所の将棋会館で一日中将棋を指して過ごしています。
物語は全7話ですが、第1話だけ読むと妻が離婚したい、と思うのにすべての読者は頷いてしまうでしょう。
夫は妻を決して名前で呼ばず、用事があるときだけ「おーい」と声かける人でした。
妻が一生懸命話しかけているのに、何も答えませんし、聞いているのかどうかすらもわかりません。
しかしストーリーを追っていくうちに気づきます。
夫は妻に無関心なのではなく、相当な照れ屋だということに。
自分の思いを言葉にすることが苦手な人だということに。
そして困っている人を見捨てることができないおおらかな優しさを持つ男性であるということに。

物語は同時平行で末っ子菜穂子のラブストーリーも紡がれていきます。
菜穂子は大手飲料メーカーに勤務する37歳の女性。
この度めでたく課長に昇進するものの、それが原因で失恋してしまいます。
恋人は自分の彼女が上司になるのが受け入れられなかったからです。
そんな折も折、母親から離婚しようと思っていることを切り出されます。
心に重くのしかかる出来事が続く中、半年前に同じ課に異動してきた部下の男性が辛口言葉で突っかかってきます。
神経を逆撫でされることばかり言われて菜穂子は怒り心頭ですが、読者にはわかります。
彼は彼女を好きだということを。
ただ不器用でアピールの仕方が下手なのです。
それは誰もラブコールだなんて思えないほどに。
まさしく自分の父親と同じように。

タイトルの「チビ」は夫婦が飼っている雄の黒猫です。
13年もの月日を一緒に過ごしています。
ふわふわの毛並みのとても可愛らしい猫です。
タイトル通り、チビはある日いなくなります。
外に出かけたまま帰って来なくなってしまたのです。
チビがどうなったかは、本作を読んでいただくことにして。

物語の最終話、大の口下手な夫が一言一言噛み締めるように自分に言い聞かせるように告白する場面には涙がぼたぼたこぼれました。
それはページが曇って見れなくなるほどに。

本作に描かれてあるように、何も言わないからといって何も思っていない人間などいないでしょう。
けれど一番大事なことは言葉にしなければ伝わらないのです。
本作はそのことを教えてくれました。

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