スコットランド国立美術館　THE GREATS　美の巨匠たち

スコットランド国立美術館　THE GREATS　美の巨匠たち　東京都美術館開催　２０２２年４月２２日（金）～２０２２年７月３日（日）

スコットランドの首都エディンバラにあるスコットランド国立美術館は、質・量ともに世界でも屈指の美の殿堂である。
1859年に開館して以降、コレクションの拡充を続け、現在では三千点以上の所蔵品を有している。
その世界最高峰の美術館の一つの至宝93点が本年来日することになった。

全6章に渡っての構成。総展示数は93点。
プロローグ	スコットランド国立美術館	The National Galleries of Scorland
Chapter 1	ルネサンス	RENAISSANCE
Chapter 2	バロック	BAROQUE
Chapter 3	グランド・ツアーの時代	THE AGE OF THE GRAND TOUR
Chapter 4	19世紀の開拓者たち	NINETEENTH-CENTURY INNOVATORS
エピローグ

展示数は多いがインパクトのある作品はそれほどなかった、というのが実直な感想だ。

Chapter 1で印象に残ったのは二点。
パリス・ボルドーネの「化粧をするヴェネツェアの女性たち」とエル・グレコの「祝福するキリスト（世界の救い主）」である。

前者は、二人の娼婦と一人の黒人召使が描かれた作品だ。
中央にいる目にも鮮やかな緋色の衣装を着た女性は若く美しいが、それは恒久ではないことを物語っている。
黒人女が女性の姿を写す鏡を手にしていることが暗示させている。
ティッツァーノの作品「鏡の前の女」を連想した。構図もほぼ同じである。

”化粧をするヴェネツェアの女性たち”
パリス・ボルドーネ
1550年頃制作

後者は日本でも馴染み深いエル・グレコの作品。
一目見て描かれているのがキリストだとわかる。
目力が半端でない。

”祝福するキリスト（世界の救い主）”
エル・グレコ
1600年頃制作

Chapter 2でもやはり印象に残ったのは二点。
巨匠ベラスケスのとレンブラントの作品である。

ベラスケスは世界中に知られている名画「ラス・メニーナス」や「王女マルガリータ」を描いたスペインを代表する画家である。
その才覚で宮廷画家まで上りつめたが、本展覧会に展示あれている「卵を料理する老婆」のような庶民の日常生活を写しとったかのような作品もまた描いた。
自分的には彼の画ではこうした作風の方を好む。
登場人物はさることながら、周囲に配置されている物の質感やリアリティさといったらどうだ。
何もかもが生々しい。人物の表情まで生きた人間のそれだ。
この光景がまるで眼前で繰り広げられているような錯覚を覚える。

”卵を料理する老婆”
ディエゴ・ベラスケス
1618年制作

対して、レンブラントはオランダを代表する画家である。
「ベットの中の女性」は、彼の独壇場とも言える明暗の色調が実に上手く生かされている作品だ。
暗闇に浮かび上がるようにして、女性の白い肌とベッドが目に飛び込んできた。
凄い存在感である。
女性は険しい顔つきをしているが、何を見ているのであろうか。
描かれている女性は「旧約聖書外典」の「トビ記」に登場するサラと考察されている。
サラに関するエピソードはこうだ。
悪魔アスモデウスは美しい娘サラに取り憑き、彼女が結婚するたびに、初夜にその夫を絞め殺していた。
そんなことが七度続いた後、ある日町を訪れた若者トビアと八度目の結婚をすることになった。
そして結婚初夜にまたしてもアスモデウスはやってくるが、予めトビアが部屋に魚の内臓を香炉で炊いていたため逃げ出してしまう。
それをトビアとともに町にやって来た若者アザリアが追いかけて捕らえた。
アザリアの正体は大天使ラファエルであった。
ラファエルはそのままアスモデウスをエジプトの奥地に幽閉した。
サラの視線の先では、自分の夫と天使と悪魔が格闘している場面が繰り広げられているのだろうか。
描かれたサラのモデルとなったのは、レンブラントの愛人ヘールチェ・ディクルスである。

”ベットの中の女性”
レンブラント・ファン・レイン
1647年制作

Chapter 3では華やかな世界が展開される。
本展覧会の主格となる章である。
優美な作品が多いが、中でも目を惹いたのがトマス・ゲインズバラとジョシュア・レイノルズの作品だ。
ゲインズバラの作品は三点展示されていたが「ノーマン・コートのセリーナ・シスルウェイトの肖像」が一番美しいと感じた。
ゲインズバラは英国の優れた肖像画家で、その生涯に700点以上の肖像画を描いたが、彼が好んだのは風景画であった。
作品に描かれているセリーナ・シスルウェイトは英国貴族トーマス・フレデリックの娘である。
森の木立に佇む白と青のドレスを着た夫人は実にたおやかで優雅だ。
肖像、風景ともに彼の才覚が発揮された作品である。

”ノーマン・コートのセリーナ・シスルウェイトの肖像”
トマス・ゲインズバラ
1778年頃制作

レイノルズの作品は本展覧会のハイライトである「ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち」だ。
本作品を観たいがために、この展覧会に足を運ぶ人は多いだろう。
ウォルドグレイヴ家の家系を辿ると、明らかなのは1205年のワーリン・ド・ウォルドグレイヴまで遡る。
1648年には準男爵に叙され、1686年には貴族に列せられた。
伯爵の称号を与えられたのは1729年で、以降現在まで続いている。
本作品に描かれているは、第二代ウォルドグレイヴ伯爵の三姉妹である。
三姉妹ともに同じドレスを着て、同じ髪型をしているので誰が誰だか区別がつかない。
レイノルズは三美神を意識して三姉妹を描いたとガイドで説明されていた。
確かに美しい。
時を止めたかのような優美な空間が広がっている。
まさしく「絵の中の世界」。

”ウォルドグレイヴ家の貴婦人たち”
ジョシュア・レイノルズ
1780-81年制作

Chapter 4は最も展示数の多い章である。
まず目を惹いたのはフランシス・グラントの「アン・エミリー・ソフィア・グラント、ウィリアム・マーカム夫人（1836-1880）」だ。
厳冬の地に凛とした佇まいを見せる若く美しい女性の全身像が描かれている。
女性は黒の上衣と赤のペチコートというメリハリの効いた配色の出で立ちだ。
あまりの鮮やかさにしばし見惚れた。
グラントはスコットランドの肖像画家であり、、ヴィクトリア女王をはじめ、多くの英国貴族及び政治家を描いた。
本作品に描かれたマーカム夫人はグラントの娘である（再婚相手の連れ子）。

”アン・エミリー・ソフィア・グラント、ウィリアム・マーカム夫人（1836-1880）”
フランシス・グラント
1857年制作

ウィリアム・ブレイクの作品があったには驚いた。
一枚だけだが。
やはり迫力がある。
「石板に十戒を記す神」というタイトル通り、モーセの十戒について描かれている。
この映画化されている旧約聖書の物語のは周知の通り。
預言めいた画に感じる。

”石板に十戒を記す神”
ウィリアム・ブレイク
1805年制作

名画「オフィーリア」で知られるジョン・エヴァレット・ミレイの作品も一点展示されていた。
「古来比類なき甘美な瞳」である。
花柄のブラウスとスカートを着た現代でも通ずるような衣服を身に着けたきりっとした顔つきの少女が描かれている。
本作品も1993年時に開催された展覧会で鑑賞したが、そのときのタイトルは「優しき瞳は常に変わらず」であった。
原題は「Sweetest Eyes were Ever Seen」、英国詩人エリザベス・バレット・ブラウニングの詩「カタリナからカモンズへ」から取られた。
当初のタイトルは「スミレを持つ少女」だったという。
実際に画では少女はスミレの花が入った籠を手にしている。
少女のモデルは劇子役のベアトリス・バックストーン。

”古来比類なき甘美な瞳”
ジョン・エヴァレット・ミレイ
1881年制作

ポール・ゴーガンの作品もまた一点。
やはりこの作品も過去の展覧会で鑑賞していた。
「三人のタヒチ人」というこれまたタイトル通りの画が描かれている。
二人の美しい女性び挟まれるようにして、ほぼ裸体状態の男性がいる。
男性は鑑賞者に後ろ姿を見せているので、その表情は見えない。
二人の女性の意味深な表情と男性の無言でありながらも雄弁な背中が画面を謎めいた雰囲気にして作品に不可侵性を醸し出している。
それが得も言われぬ魅力となって心を捉えて離さなかった。

”三人のタヒチ人”
ポール・ゴーガン
1881年制作

初めて相まみえる作品はもちろん以前鑑賞した作品にも再会できた展覧会だった。
いつかまた対面できることを願う。

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