大浮世絵展

大浮世絵展　江戸東京博物館開催　　２０１４年４月５日（土）～６月８日（日）

「浮世絵」―言葉は知っていても、明確な意味を把握している人は一体どのくらいいるだろうか。

ただ漠然と「江戸時代に流行した日本の絵画様式の一つ」と認識している人がほとんであろう。

実はわしもそう。「浮世絵」という言葉からは菱川師宣、東洲斎写楽、葛飾北斎、喜多川歌麿らの名が思い浮かぶ。

が、それだけである。

江戸時代に活躍した絵師という知識だけがあり、誰がどの年代に何の絵を描いたのか正確に把握していない。

これは日本人として、そして絵画好きとしてはかなり恥ずかしい。

その曖昧蒙古な知識を払拭してくれる展示会が開催されることになった。

それが本展覧会の「大浮世絵展」である。

「浮世絵」と称される作品を日本国内だけでなく、世界各国から収集して、その全体像を紹介しようという意図の、

かつてないタイトル通りの大規模な展覧会である。

国内において、半年間に渡って三ヶ所の地域で開催されるのだ。

全６章で構成。作品総展示数はなんと４３９点！！

（会期中、幾度か展示替を行うため、日によって展示数は異なる）

Ⅰ．	浮世絵前夜
Ⅱ．	浮世絵のあけぼの
Ⅲ．	錦絵の誕生
Ⅳ．	浮世絵の黄金期
Ⅴ．	さらなる展開
Ⅵ．	新たなるステージへ

江戸時代は教科書で学んだように、諸外国と関係を断ち、自国が孤立化した鎖国時代である。

そのため、閉鎖された暗い時代を連想してしまうが、実際はおおいに異なる。

長きに渡った戦乱時代がようやっと終焉になり、明確な社会制度が整い、また諸外国からの干渉も受けなかったため、自国独自の文化が開花し、

身分の高き者から一般庶民に至るまで、娯楽を楽しむゆとりを持てるようになったのである。

「浮世絵」はその娯楽のひとつであり、現在社会の町人階級の風俗、つまり庶民の生活を描いている。

懐かしい過去でもなく、苦悩の生から解放される死後―つまり未来でもない、今現在の享楽的欲望を満たしてくれる現世を肯定した「浮世」を。

前述したが、浮世絵師らの名、そして作品名は覚えていても、双方が脳裏で結びつかない。

それは「浮世絵」すべての作品が似ているからだ。

しかも描かれている人物の顔は年代越えてすべて同じであるから余計混乱する。

それにも関らず、何枚続けて見ても、何時間見ていても飽きることがない。

それどころか、もっと、もっと、もっと、と、余計に見たくなる。

何故だろうか――？

国内だけでなく、世界各国を魅了した「浮世絵」は本当に不思議な魅力がある。

展示されていた作品はみな素晴らしかった。

全作品紹介したいところだが、それは無理なので最も印象強く残った作品群を掲載する。

（全作品見たい方はカタログを購入してくれ）

”見返り美人図”

菱川師宣

1692年頃

東京国立博物館所蔵

日本が世界に誇る、教科書にも掲載されている作品。

重要文化財のひとつ。（何故国宝ではないのだろう？？？）

道歩くすがら、誰かに呼び止められたのであろうか。

タイトル通り、女性が後ろを振り返っている図が描かれた作品である。

何気ないポーズなのに、どうしてかくも美しく感じられ、そして惹きつけられるのか？

女性の身体が最も美しく見える姿勢、角度だからか。

臙脂色の衣、そしてさほど華飾されていないシンプルな模様が抜群のバランスである。

緑色の帯との色彩のコントラストも絶妙である。

菱川師宣　生年不詳―１６９４

生まれは安房国（千葉県）。

染織の下絵を描いて絵に親しみ、上方版本の挿絵や狩野派、土佐派、長谷川派、岩佐派などの作品を模倣しながら独学で画技を磨いた。

遊里や芝居町、和漢の古典、故事説話、名所案内記、枕絵など、広範な題材を描いた。

特に当世風俗の描写を得意とし、生き生きとした女性像は挿絵の鑑賞性を高め、絵を文章から独立させた。

一枚摺の組物を制作し、生前より浮世絵の祖とされた。

終生、版画と肉筆画の両方を手がけたが、晩年は肉筆画に重点を置いた。

”雪中相合傘”

鈴木晴信

1767年頃

大英博物館所蔵

本展覧会の目玉作品のひとつ。

また鈴木晴信の最高傑作品でもある。

（何故それが海外に！？）

しんしんと雪の降る中、一本の傘を分け合う仲睦ましい一組の男女の姿が描かれている。

静寂で神聖な空気が伝わってくる。

世界は二人だけのもの。

二人は互いしか見ていない、見えていない。

誰も入り込むことのできない二人だけの聖域が描かれている。

男女の黒と白の衣の対比が美しい。

二人はこれからどこへ向かうのか――？

鈴木晴信　１７２５年頃―１７７０年

江戸神田白壁町に居住。

１７５１―６４年は、役者絵や美人画、名所絵、歌仙絵、武者絵など多様な画題の紅摺絵や水絵を制作した。

１７６５年頃に江戸で流行した絵暦の交換会において、好事家らの旗本らの支援を得、彫師・摺師らと協力しながら錦絵を誕生させた。

優れた色彩感覚によって多様な色面を配置構成し、空摺を用いて質感までも表現した春信の中世的で可憐な美人画は一世を風靡し、多くの追随者を出した。

”花下の遊女”

勝川春章

1787―88年頃

千葉市美術館所蔵

な、なんと、美しい！

匂い立つような美しさである。

タイトル通り咲き誇る桜の下に美しい女性がかむろと共に佇んでいる姿が描かれている。

その女性の美しいことといったら…！！

華やかでありながら初々しく、艶めいていながら儚げで、かつ凛としている。

古来より日本女性が持つすべての美を体現化した女性が描かれている。

女性の立ち姿の優美さ、しとやかさといったら…！！

肩のところから上衣をはだけさせている濃紺の衣の美しいこと美しいこと。

日本人にしか出せない色彩ではないか。

女性の頭上に描かれている桜の花の色彩と対比が絶妙で見ていると頭がくらくらしてくる。

勝川春章　１７２６―１７９２

宮川長春の弟子・宮川春水に学び、当初、宮川や勝宮川を名乗るが勝川と改める。

英派の高崇谷にも学んだという。

一筆斎文調とともに役者似顔絵の創始に大きく貢献した。

文調が１７７２年に作画を停止したあとは、第一人者として間倍判という大きな画面に役者の半身像を描く大首絵等、似顔役者絵の諸形式を生みだした。

写実を基調としながらも、役者の顔の長所を引き出して描き、舞台姿だけでなく、楽屋や邸宅など舞台から降りた役者の素顔をとらえて歌舞伎の贔屓客の期待に答えた。

１７８１―８９（天明期）に入ると主力を美人画へ転じ、「春章一幅値千金」と称揚されるほど、多くの肉筆美人画の優品を制作した。

”風俗東之錦　萩の庭”

鳥居清長

1783-84年頃

大英博物館所蔵

おっしゃれーっっ！！

思わずそう叫びたい程、画面が華やいでいる。

構図も見事。

現代風に髪と服装をアレンジすれば、流行のファッション雑誌の表紙を飾るような最先端のモードとなる画である。

画面を飾るのは六人の男女。目を引くのは左側に描かれている三人の女人である。

それぞれが、自分に似合いの衣を纏っている。

暖かな陽差しの心地よい風が吹きぬける一画面を描いた絵である。

背景の黄色から、季節を｢春」と連想するが、タイトルは「萩」なので、秋なのであろう。

鳥居清長　１７５２―１８１５

木材木町一丁目の書肆白子屋市兵衛の子。鳥居家三代清満の門人で、４代目を継ぐ。

初期の紅摺絵は清満風であるが、次第に春章の似顔絵や重政、湖龍斎らの美人画の作風を取り入れていった。

天明期に入ると諸家の影響を離れ、背丈の高い、健康的な独自の女性像を作り上げた。

遠近法を用いた現実的な江戸の風景の中に、均整のとれた立ち姿の女性を配した。

清長の女性像は当時の美人画界を席巻した。

役者絵では音楽を受けもつ地方の人々までを画中に描き加えた「出語り図」という形式を創始した。

１７８７年頃、鳥居家４代目を継いだ後、家業の芝居看板絵や番付絵に専念した。

”ポッペンを吹く娘”

喜多川歌麿

1789-1801年頃

東京国立博物館所蔵

歌麿といえば「ポッペンを吹く娘」、「ポッペンを吹く娘」といえば歌麿。

この画が即思い浮かぶ。

タイトル通り”ポッペン”を口にしている娘の姿が描かれている。

娘の顔は、表情が全くないのにも関わらず、愛嬌がある。

顔の大きさに比べて、手が異常な程小さいという身体のアンバランスなのにもかかわらず少しも違和感がない。

それどころか、心にしっくりくる。

身に纏っている衣も豪奢ではなく、地味であるのだが画面全体が明るく華やいでいる。

ゆったりとした衣でポッペンを吹く姿に、庶民的な親しさを覚え、見ていてほっとする。

肩にこもった力が抜けていくようだ。

時を越えて、見ている側に安堵感を与える画を描いた歌麿はまさしく鬼才である。

喜多川歌麿　１７５３―１８０６

鳥山石燕に狩野派の画法を学ぶと伝えられるが、初期の画風は勝川風。

天明から寛政（１７８１―１８０１）初期にかけての狂歌流行の中、版元蔦谷重三郎から「画本虫撰」などの絵入狂歌本を出し、その社製の技量が注目される。

また、人物の上半身のみを描く大首絵の美人画において、女性の肌や衣装の質感、身体の量感表現を工夫するとともに女性の内面描写を試みた。

１８０４年に、禁じられていた題材「太閤記」を錦絵に版行し、手鎖の刑を受けた。

”風流七小町略姿絵　雨乞い小野”

歌川豊国

1795年頃

ギメ東洋美物館所蔵

スタイル抜群！実にスラリとした八頭身美人である。

顔の大きさ、首の短さ、肩の小ささと、これまたアンバランスな肢体であるが、やはり違和感なく、心にすんなり入ってくる江戸美人である。

しかも珍しく足が露出されている。それも太ももからっっ！！

なのに何故か少しも俗っぽい卑猥さがない。

それどころか、女性の美しさを際立たせている。

何より目を引くのは、女性の纏っている黒の衣である。

印刷ではよく分からないが、実際の画に彩色されている黒色の美しさといったら筆舌しがたい。

日本人特有の繊細な黒色である。

それが白い素足と絶妙なコントラストをとっていて見ていて心地よい。

本作品は七戸町を題材としたシリーズ作品。

七小町とは平安前期の女流歌人、小野小町の伝説に取材した七つの謡曲をいう。

雨小町は、干ばつの折、小野小町が神泉苑で和歌を詠んだところ、たちどころに雨が降ったという伝説に基づくもの。

歌川豊国　１７６９―１８２５歌川派の創始者歌川豊春の門人。

美人画では、重政、清長、歌麿、栄之、役者絵では勝川春英や東洲斎写楽など、先達の人気絵師の作風を巧みに摂取し、平明な画風を作り上げ、人気を博した。

１枚絵（錦絵）のみならず、合巻、読本、黄表紙など版本の挿絵などにも健筆をふるった。

代表作の１７９４年刊「役者舞台之姿絵」では、役者を大衆の好みに応じた美形の姿で描き、写楽の役者絵を抑え、人々の喝采を得た。

弟子の育成にも優れ、国貞（３代豊国)、国芳らを輩出し、歌川派が一大流派となる礎を築いた。

”弘法大師修法図”

葛飾北斎

1844-47年頃

西新井大師總持寺所蔵

さて、美人図ばかり挙げてきたが、ここで迫力満点の仏法図を紹介しよう。

大刀を持った世にも恐ろしい形相をした赤鬼が描かれている。

鬼の目玉はぎょろりとして今にも飛び出しそうなほど、かっ、と見開いており、ぱっくり開いた口からは獣のような、

いや、それ以上に鋭い牙が見えている。

人間の肉体など、この口で噛まれたら、あっという間に引き裂かれて喰いちぎられてしまうに違いない。

その前に一人の法師が、巻物を盾にするように持って、胡坐を組んでいる。

鬼に対面している形で。

法師の側には、犬がこれも鬼にたてつくようにして、大きく口を開いて対峙している。

背景は闇。画面中央上には、細く小さな月が頼りなげに掛かっている。

本作品は、東京都足立区の西新井大師總持寺に伝わる巨大な作品である（１５０．０Ｘ２４０．０）。

弘法大師は、当地で悪疫流行に悩む人々を救うために祈祷を行ったと言われている。

「天上に細い月がかかる夜中、弘法大師が経巻を捧げて一心に祈祷する。

その前には巨大な鬼となった病魔が縄と棍棒を持って歩み寄る。

ただならぬ雰囲気に、犬はおびえながらほえ立てる。

犬が隠れる大木にはおびただしいキノコが生えて、不気味さを増している」カタログより引用――。

鬼は病魔で、法師は弘法大師サマであられたか…。

鬼を撃退せんとする法師様の精神の強靭さが伝わってくる。

病は気から…。

葛飾北斎　１７６０―１８４９

姓は中島。俗称鉄蔵、後に三浦屋八右衛門。

安永７年（１７７８）に勝川春章。

春郎と号し、春章風の役者絵や挿絵を制作した。

寛政６年（１７９４）頃に勝川派を離れ、翌年に俵屋宗理を襲名。

北斎は、狩野派、住吉派、琳派、堤派（雪舟派）から、中国画（明画）、西洋画まで幅広く和漢用の諸派の画風を貪欲に吸収しながら、独自の様式を展開していった。

狂歌本、読本挿絵、絵手本などの版本、「冨嶽三十六景」に代表される錦絵版画、美人画などの肉筆画に筆をふるった。

”東海道五拾三次之内　蒲原　夜の雪”

歌川広重

1833-35年頃

名古屋市博物館所蔵

歌川広重作の「東海道五拾三次」も幾点か展示されていた。

浮世絵といえばこの作品でしょう！この絵がなくては始まらない！

幾点かの展示作品のうち、最も印象に残ったのは、「蒲原　夜の雪」である。

しんしんと降りしきる雪の情景が描かれている。

家も木も山も雪にすっぽり覆われて真っ白である。

屋根の上に積もった雪の量から察するに、相当の積雪量である。

いつから降り続いているのか、そしていつまで降り続くのか。

その中を歩く人の姿が、三人描かれている。

二人と一人。

それぞれ逆方向へ歩んでいる。

背景の雪景色が、水墨画のごとく白黒のみに対し、歩く三人の姿は着色されている。しかも明るい色彩で。

そのため、画面が実に生き生きしている。

絵の中で本当に人が降り積もった雪の中を歩いているかのようだ。

絶妙な配色、構成である。

「蒲原（現：静岡県静岡市）は江戸から１５番目の宿場であり、めったに雪の降らない温暖な地域であるが、

広重はシリーズに変化をつけるために、雪景色を描いたのではないかと考えられている」カタログより引用――。

「東海道五拾三次之内」は、歌川広重が初めて東海道を描いた全５５枚（５３の宿場風景に江戸と京の２図を加える）のシリーズ。

彼を名所絵の名手として決定づけた代表作でもあり、街道絵の決定版といえる作品である。

教科書に頻出するほか、お茶漬けのおまけやマッチ箱のラベル、切手のデザインに採用されたこともあり、現代でもなじみ深い浮世絵版画。

歌川広重　１７９７―１８５８

姓は安藤。定火消同心の子として生まれる。

名は徳太郎、後に重右衛門さらに徳兵衛と改名。

号は一遊斎、一幽斎、一立斎、立斎など。

文化８年（１８１１）頃に歌川豊広に入門、翌年に広重の画号を許された。

また、岡島林斎から狩野派、大岡雲峰から南画を学び、さらに師は不明であるが、四条派の画風も修得している。

天保２年（１８３１）頃の斬新な色調と構図の「東都名所」が出世作となり、次いで「東海道五拾三次」「木曽海道六拾九次」などの風景版画を立て続けに上梓した。

抒情あふれる作風で諸国の風景を描き出した広重は、北斎とともに名所絵の流行を牽引した。

”夜桜図”

葛飾応為

19世紀半ば

メナード美術館所蔵

これは…桜の精か…燈籠の灯りの精か…はたまた春の夜の見せた幻か…。

何という、何という、美しさか。

この世のものとは思えぬ美しさだ。

妖かしの美しさである。

桜咲く春の夜、燈籠の横に佇む一人の女人がいる。

女人は右手に筆、左手に紙を持ち、燈籠の灯りで、今しも何かを書き綴ろうとしている。

灯りに照らされた女人の姿は、天女と見まごうほど美しい。この上ない美しさである。

また筆を持つ指先のしなやかさといったらどうだ。しかも艶めいている。

日本女性特有の楚々とした美しさだが、艶めかしくもある。

夜闇に点々と光るのは舞い散る桜の花びらか星か。

光源氏の息子、夕霧が紫の上を庭から垣間見た瞬間の心持が分かった気がする。

葛飾応為　生没年不詳

葛飾北斎の三女。父に似て変わり者であったようで、趣味人の商家に嫁いでも、夫の絵が下手だと笑いものにしたので離縁されてしまったという。

絵の実力も父親ゆずりで、北斎も美人画は自分よりもうまいと褒めているほどである。

光に非常に繊細な感覚を示し、細部への異常なこだわりと表現力の高さは、間違いなく北斎以上である。

”髪梳ける女”

橋口五葉

1920年

江戸東京博物館所蔵

湯上りなのか寝起きなのか、ゆるやかにしどけなく単衣の着物（あるいは浴衣）姿の女性が、自分の髪を梳いている。

女性の黒髪は長くたっぷりとして豊かである。

まるで髪自体が生き物のようだ。

柔らかそうで、思わず頬ずりしたくなる。

その髪を女性は、左手で一掴みし、右手で肌理の細かい櫛ですいている。

白く美しく整った顔立ちの中にある瞳は、自身の髪に注がれている。

まるで愛しい我が子なでるようなしぐさだ。

ほんのりと開いて見える胸元が、肌の白さをより一層強調している。

かぐわしい香が漂ってきそうだ。

とろけるような甘やかさの広がる女性画である。

五葉の美人画を代表する絵である。

橋口五葉　１８８１－１９２１

旧薩摩藩医の橋口兼満の三男。

本名は清。号は五葉。

明治３２年（１８９９年）１９歳で上京し、橋本雅邦に学ぶ。

翌年、黒田清輝の勧めで東京美術学校西洋画科予備課程甲種ぶ入学、翌年本科に入学。

在学中より雑誌「ホトトギス」の挿絵を描き、夏目漱石、森田草平、鈴木三重吉、森鴎外、永井荷風、谷崎潤一郎、泉鏡花の作品の装幀を手がける。

明治４４年（１９１１）３１歳の時、三越呉服店の懸賞ポスターに１等当選し、人気を博す。

大正４年（１９１５）、渡邉庄三郎と知り合い、渡邉版画店より木版画「欲湯の女」を版行した。

その後、錦絵を研究し、大正５～６年に「大和錦絵」の刊行に伴い、春信美人画、保永堂版「東海道五十三次之内」の複製などを行った。

大正７年（１９１８）に独立して大判の美人画や風景画を制作し始めたが、翌年、十数点の作品を残したのみで、中耳炎から脳膜炎を併発し急逝した。

以上が、４００点以上の展示作品の中で、もっとも印象強く残った作品１０点である。

どれもみな際立って素晴らしく美しかった。

また、美しいというよりは愛嬌があったり、心がほんわかする作品があった。

その作品群を下記に紹介する。

　★その他印象深かった作品（■色字はカタログ引用文）

雲母摺（きらずり）の暗い背景に浮かび上がる、鷲鼻の印象的な相貌。

口元を結び、着物から手を突き出したポーズで見得を切るのは３代目大谷鬼次演じる江戸兵衛である。

写楽の第１期の大首絵の中でも最もよく知られた、強烈な印象を残す１図。

全体の色数は多くないものの、描線は墨と薄墨とが使い分けられ、特に口の描線ではその手法が効果を生む。

寛政６年５月河原崎座「恋女房染分手綱」に取材。

絵本番付では三立目の四条河原の場面に、黒の着物を着た浪人風の江戸兵衛を確認できる。

３代目大谷鬼次は評判記では実悪の部に名を連ねる役者で、のちに２代目中村仲蔵の名跡を継いだ。

幾枚か展示されていた写楽の作品で最も印象に残った画。

突き出した首と何かを押しとどめるような両の手のポーズが面白い。

それにしても顔でかっっ！！

”３代目大谷鬼次の江戸兵衛”

東洲斎写楽

1794年

東京国立博物館所蔵

重要文化財

「あの波は爪だ、船がその爪に捕まれている」（１８８８年９月８日付テオ宛書簡）とゴッホが語る図である。

沖合の海を進む小船にせり上がった大波が襲いかかる。

画面右からのうねりの大きな曲線は、波の底から急激にせり上がりながら、波頭へと向かい、砕け散る。

すべての波はこの動きに呼応し、見る者を巻き込みながら、泰然として動じない富士に収斂する。

この求心性が本図の最大のポイントであろう。

小さな和紙に摺るだけの木版画でどうしてこれほどの偉大な表現ができるのかという感動的な例である。

一度見たら決して忘れることのできない強烈な印象を与える本図に関心を示した西洋人は、ゴッホなどの画家だけではない。

ドビュッシーが交響詩「海」の作曲にあたってこの図からインスピレーションを得たことも知られている。

題にある「神奈川」は、東海道の神奈川の宿場であり、今の横浜市神奈川区にあたる。

図はその沖合からの光景ということであり、今の川崎と木更津を結ぶ東京湾アクアラインの「海ほたる」あたりがまさに該当するであろう。

”冨嶽三十六景　神奈川県沖浪裏”

葛飾北斎

1831年頃

江戸東京博物館所蔵

北斎の有名な連作シリーズ「冨嶽三十六景」も幾枚か展示されていたふが、一番印象に残ったのが、本作品。

ギュスーターヴ・クールベの作品「波」を連想させる作品である。

でもこれは日本の海。絶対に日本の海。何があっても日本の海。

何故わかるんだ？と、聞かれても、絵がそう語っている。

漁師町育ちの血がさわぐぜえ～。

こちらに丸い背を向けた猫が実に愛らしい。浅草の鷲大明神社（現：東京都台東区）では、毎年１日暦１１月の酉の日に市が開催される。

この酉の市を訪れる人々の目的は、縁起物の熊手などを購入することであり、中景のたんぼ道を連なって歩く人々のシルエットをよく見れば、

みな熊手を掲げ持っていることがわかる。本図の主人公である猫は、そのざわめきに耳をそばだてている様子。

いっぽう室内に目を転じてみると、画面左に屏風の背面があり、畳には熊手形のかんざしが置かれている。

ここは鷲大明神社の東に位置する遊郭吉原の一室なのである。

このかんざしも客が遊女のために買ってきた酉の市土産であろう。つまり、猫の飼い主は、ただいま屏風の向こうで接客中というわけだ。

窓から景色を見ている猫の後ろ姿が妙にインパクトのある作品。

解説を読むまで絵の背景はわからなかった。

にゃんにゃんにゃん、たいくつにゃん、ご主人様はお仕事でにゃんにゃんしてるにゃん。早く終わらないかにゃん。

なんか外も楽しそうだにゃん。

”名所江戸百景　浅草田甫酉の街詣”

歌川広重

1857年頃

高浜市やきものの里かわら美術館所蔵

明治初期に数年間大流行したいわゆる”錦絵新聞”。この明治７年に創刊された「東京日々新聞」が、その最初のものとなる。

錦絵新聞とは、実際に起きた事件を一つ取り上げ、錦絵と同じ手法で象徴的な場面を描き、そこにふりがな付きの本文を添えて刊行したもの。

報道性の強いものであるが、取り上げられる事件や描かれる場面は必ずしも最新の内容ではなく、一般大衆受けしそうな刺激的なものが多い。

「東京日々新聞」の第１号は、僧が亭主思いの女性を刺殺した事件で、殺人現場が劇的に描かれている。

こわっ！殺害時の様子がありありと刻銘に描かれている。

お坊さんが人妻を殺すなんて…。

いつの時代にも極悪人は存在するんだなあ。

そして事件が陰惨を究めれば究めるほど、世間の人々は興味を持つものなんだなあ。

”東京日々新聞　第一号”

落合芳幾

1874年頃

江戸東京博物館所蔵

作者の井上安治（１８６４―８９）は小林清親の弟子。探景とも称して、開花錦絵なども残している。

光と影の表現を追求した清親の”光線画”を継承したが、２５歳で夭逝した。

この作品は、安治が最初に発表した”光線画”の一つである。

桜の木が植えられた新吉原の中を、大門の外から描く。

江戸時代の浮世絵では、夜景であっても新吉原であれば豪華に明るい彩色で表現されたものが多いが、ここでは現実に即して窓からの明かりと

提灯だけが明るく光る。

しかし提灯を持つ人は明るく照らされており、画面左手からやってくる人力車への照り返しも絶妙である。

シルエットで桜の木や周囲の人が描かれる中、桜の花が星のように白く浮かび上がるなど、夜景の美しさが上手にとらえられている。

”新吉原夜桜景”

井上安治

1880年頃

江戸東京博物館所蔵

整然とした街と建物に等間隔に宿る灯。

夜闇にほんのりと光るそれらは、街や人々を包み込むかのように優しく照らし出している。

冬の季節に家の暖炉に火を灯したときのような暖かさが感じられ、それが胸に広がりほっとして安心する。

背景の夜の青の彩色も美しい。

ゴッホの”夜のカフェテラス”を連想する作品だ。

群馬県法師温泉長寿館の大浴場「法師の湯」を描く。

男性が一人、ゆったりと温泉に浸かっている。

窓から差し込む光のもと、現在では国登録有形文化財に指定される歴史ある浴場の設えが、印象的に、そしてほぼ正確に写される。

空摺（からずり）で表現された湯煙が、旅情気分をいっそう高める効果を上げている。

湯船で気持ち良さげに体を伸ばす男性は、川瀬巴水その人であることが指摘されている。

巴水はいくつかの作品に自らの姿景色の一部として入れ込んだ。

本作品は、”旅情詩人”と呼ばれ、実際に旅を愛した巴水自身の旅風景を伝える代表作といえる。

天井高く広々とした浴場…。

窓からは明るい光が差し込み、湯は鏡面のように周囲の情景を写しだしている。

その中で手足を思い切りうんと伸ばして、浴槽を独り占めして湯に浸かって男性がいる。

見ているこちらまで身体がほぐれていくようだ。

風呂好きの日本人にはたまらない絵です。

ち、一人で伸び伸びとしやがって…！

あー、温泉いきたいっ！！

”上州法師温泉”

川瀬巴水

1933年

渡邊木版画美術画廊所蔵

実に、実に、素晴らしい展覧会であった。

４００点以上の作品を１点も軽く見ることなく、また見逃すことなく、観覧した。

心は満腹。これ以上ないくらいの満足感。

素晴らしきかな、大浮世絵展！！

★おまけ　今回の戦利品！！

ぶあつ～い、カタログ！見応え、読み応えばっちし！！

浮世描ならぬ浮世猫・・・？の、絵葉書。あまりに可愛くて購入してしまった。５枚セット１組で販売。

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★その他印象深かった作品（■色字はカタログ引用文）

		雲母摺（きらずり）の暗い背景に浮かび上がる、鷲鼻の印象的な相貌。口元を結び、着物から手を突き出したポーズで見得を切るのは３代目大谷鬼次演じる江戸兵衛である。写楽の第１期の大首絵の中でも最もよく知られた、強烈な印象を残す１図。全体の色数は多くないものの、描線は墨と薄墨とが使い分けられ、特に口の描線ではその手法が効果を生む。寛政６年５月河原崎座「恋女房染分手綱」に取材。絵本番付では三立目の四条河原の場面に、黒の着物を着た浪人風の江戸兵衛を確認できる。３代目大谷鬼次は評判記では実悪の部に名を連ねる役者で、のちに２代目中村仲蔵の名跡を継いだ。
		幾枚か展示されていた写楽の作品で最も印象に残った画。突き出した首と何かを押しとどめるような両の手のポーズが面白い。それにしても顔でかっっ！！
”３代目大谷鬼次の江戸兵衛” 東洲斎写楽 1794年東京国立博物館所蔵重要文化財



		「あの波は爪だ、船がその爪に捕まれている」（１８８８年９月８日付テオ宛書簡）とゴッホが語る図である。沖合の海を進む小船にせり上がった大波が襲いかかる。画面右からのうねりの大きな曲線は、波の底から急激にせり上がりながら、波頭へと向かい、砕け散る。すべての波はこの動きに呼応し、見る者を巻き込みながら、泰然として動じない富士に収斂する。この求心性が本図の最大のポイントであろう。小さな和紙に摺るだけの木版画でどうしてこれほどの偉大な表現ができるのかという感動的な例である。一度見たら決して忘れることのできない強烈な印象を与える本図に関心を示した西洋人は、ゴッホなどの画家だけではない。ドビュッシーが交響詩「海」の作曲にあたってこの図からインスピレーションを得たことも知られている。題にある「神奈川」は、東海道の神奈川の宿場であり、今の横浜市神奈川区にあたる。図はその沖合からの光景ということであり、今の川崎と木更津を結ぶ東京湾アクアラインの「海ほたる」あたりがまさに該当するであろう。
”冨嶽三十六景　神奈川県沖浪裏” 葛飾北斎 1831年頃江戸東京博物館所蔵		北斎の有名な連作シリーズ「冨嶽三十六景」も幾枚か展示されていたふが、一番印象に残ったのが、本作品。ギュスーターヴ・クールベの作品「波」を連想させる作品である。でもこれは日本の海。絶対に日本の海。何があっても日本の海。何故わかるんだ？と、聞かれても、絵がそう語っている。漁師町育ちの血がさわぐぜえ～。


		こちらに丸い背を向けた猫が実に愛らしい。浅草の鷲大明神社（現：東京都台東区）では、毎年１日暦１１月の酉の日に市が開催される。この酉の市を訪れる人々の目的は、縁起物の熊手などを購入することであり、中景のたんぼ道を連なって歩く人々のシルエットをよく見れば、みな熊手を掲げ持っていることがわかる。本図の主人公である猫は、そのざわめきに耳をそばだてている様子。いっぽう室内に目を転じてみると、画面左に屏風の背面があり、畳には熊手形のかんざしが置かれている。ここは鷲大明神社の東に位置する遊郭吉原の一室なのである。このかんざしも客が遊女のために買ってきた酉の市土産であろう。つまり、猫の飼い主は、ただいま屏風の向こうで接客中というわけだ。
		窓から景色を見ている猫の後ろ姿が妙にインパクトのある作品。解説を読むまで絵の背景はわからなかった。にゃんにゃんにゃん、たいくつにゃん、ご主人様はお仕事でにゃんにゃんしてるにゃん。早く終わらないかにゃん。なんか外も楽しそうだにゃん。
”名所江戸百景　浅草田甫酉の街詣” 歌川広重 1857年頃高浜市やきものの里かわら美術館所蔵


		明治初期に数年間大流行したいわゆる”錦絵新聞”。この明治７年に創刊された「東京日々新聞」が、その最初のものとなる。錦絵新聞とは、実際に起きた事件を一つ取り上げ、錦絵と同じ手法で象徴的な場面を描き、そこにふりがな付きの本文を添えて刊行したもの。報道性の強いものであるが、取り上げられる事件や描かれる場面は必ずしも最新の内容ではなく、一般大衆受けしそうな刺激的なものが多い。「東京日々新聞」の第１号は、僧が亭主思いの女性を刺殺した事件で、殺人現場が劇的に描かれている。
		こわっ！殺害時の様子がありありと刻銘に描かれている。お坊さんが人妻を殺すなんて…。いつの時代にも極悪人は存在するんだなあ。そして事件が陰惨を究めれば究めるほど、世間の人々は興味を持つものなんだなあ。
”東京日々新聞　第一号” 落合芳幾 1874年頃江戸東京博物館所蔵


		作者の井上安治（１８６４―８９）は小林清親の弟子。探景とも称して、開花錦絵なども残している。光と影の表現を追求した清親の”光線画”を継承したが、２５歳で夭逝した。この作品は、安治が最初に発表した”光線画”の一つである。桜の木が植えられた新吉原の中を、大門の外から描く。江戸時代の浮世絵では、夜景であっても新吉原であれば豪華に明るい彩色で表現されたものが多いが、ここでは現実に即して窓からの明かりと提灯だけが明るく光る。しかし提灯を持つ人は明るく照らされており、画面左手からやってくる人力車への照り返しも絶妙である。シルエットで桜の木や周囲の人が描かれる中、桜の花が星のように白く浮かび上がるなど、夜景の美しさが上手にとらえられている。
”新吉原夜桜景” 井上安治 1880年頃江戸東京博物館所蔵		整然とした街と建物に等間隔に宿る灯。夜闇にほんのりと光るそれらは、街や人々を包み込むかのように優しく照らし出している。冬の季節に家の暖炉に火を灯したときのような暖かさが感じられ、それが胸に広がりほっとして安心する。背景の夜の青の彩色も美しい。ゴッホの”夜のカフェテラス”を連想する作品だ。


		群馬県法師温泉長寿館の大浴場「法師の湯」を描く。男性が一人、ゆったりと温泉に浸かっている。窓から差し込む光のもと、現在では国登録有形文化財に指定される歴史ある浴場の設えが、印象的に、そしてほぼ正確に写される。空摺（からずり）で表現された湯煙が、旅情気分をいっそう高める効果を上げている。湯船で気持ち良さげに体を伸ばす男性は、川瀬巴水その人であることが指摘されている。巴水はいくつかの作品に自らの姿景色の一部として入れ込んだ。本作品は、”旅情詩人”と呼ばれ、実際に旅を愛した巴水自身の旅風景を伝える代表作といえる。
		天井高く広々とした浴場…。窓からは明るい光が差し込み、湯は鏡面のように周囲の情景を写しだしている。その中で手足を思い切りうんと伸ばして、浴槽を独り占めして湯に浸かって男性がいる。見ているこちらまで身体がほぐれていくようだ。風呂好きの日本人にはたまらない絵です。ち、一人で伸び伸びとしやがって…！あー、温泉いきたいっ！！
”上州法師温泉” 川瀬巴水 1933年渡邊木版画美術画廊所蔵