ART POWER Part.10 |
真珠の女 カミーユ・コロー | |
ジャン=バティスト・カミーユ・コローは19世紀フランスで活躍したバルビゾン派の代表画家である。 彼の描いた詩情感溢れる光満ちた風景画は日本人の心の琴線に触れるのか、海を越えた我が国でも人気が高い。 そのため、コロー作品というと自然豊かな森や湖を描いた景色を思い浮かべる人がほとんどであるが、彼は人物画も多く描いている。 その代表作がルーブル美術館に所蔵されている「真珠の女」である。 かねてよりコロー作品が好きだったため、本作品の存在は知ってはいたが実物を見たことはなかった。 いつかは見たい、と思っていたところ、その願いは叶った。 2008年に国立西洋美術館で開催された「コロー 光と追憶の変奏曲展」に来日したのである。 コロー作品の展覧会なので、彼の作品が数多展示されているのは当然であったが、その中でも本作品は群を抜いて燦然と精彩を放っていた。 この絵を目の前にしたときの衝撃は今でも忘れられない。 決して大きい画ではないのにも関わらず、圧倒的存在感に気圧されて全身が痺れ、その場から動けなくなってしまったのだ。 素晴らしく美しく魅力的な絵だった。 画面にはセピア色に塗りこめられた背景に一人の若い女性が佇んでいた。 本作品はダ・ヴィンチの名作「モナ・リザ」を意識して描かれたため、構図はそれとほぼ同じとなっている。 女性は「モナ・リザ」同様に胸のところで腕を組み、やや右向き加減にこちらを意味ありげに見つめていた。 清冽かつ鮮烈な印象が心を突き刺した。 見ていると心の中が透明になっていくのを感じた。 何もない背景に佇む女性の肖像は、顔や身体の線がくっきりとしていて、まるで生きた女性が本当にそこに存在しているかのようだった。 写実主義画家でもあったコローは明確で完璧な描写力をこの作品にも発揮している。 またコロー特有の穏やかで優しげな画風が画面全体に広がっていた。 ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」は神聖かつ崇高さを感じさせるため、近寄りがたく、畏怖さえ抱くが、コローの「真珠の女」は親近感があり、見ていると心が安らいだ気分になる。 女性が生まれながらにして持つ母性や慈愛が醸し出されているのだ。 これが「コローのモナ・リザ」なのである。 ダ・ヴィンチのモデルは未だ謎のままだが、本作品のモデルとなった女性は商家の16歳の娘で非常に美しかったと言われている。 生涯を通して独身を通したコローは、彼女の中に自分の「モナ・リザ」を見たのだろう。 優しく温厚な人柄であったコローは、多くの身内や仲間から「コロー親父」と称されて親しまれ慕われ続けた。 自分の描いた絵を売ったほとんどのお金は孤児院や修道院、そして貧しい画家やモデルたちに与え、晩年には自分のアトリエへ下絵描きの助手を通わせるなどして、貧しい画家たちへの援助活動を行った。 生前より名声を得、多くの人に愛されたコローが一度も婚姻を結ばなかったのは、己の中に「真珠の女」という最高の女性がいたからではないか。 偉大な詩人・ダンテの中にベアトリーチェが存在したように。 コローはその永遠の女性をキャンバスに描き、自身だけでなく時を越えて世界中の人々を魅了させ続けているのである。 *「真珠の女」 ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 1868-70年制作 ルーブル美術館所蔵 コローの人物画の代表作品。タイトルは女性が身につけている木の葉の冠が真珠の粒に見えたことによる。2008年に初来日。 |