ART POWER
Part.2
灰色のオダリスク  ドミニク・アングル
   
昔、横浜博覧会で開催された「メトロポリタン美術館展」に足を運んだことは、その1で記述した。
その当時、私は愚かにもメトロポリタン美術館がどんな美術館なのかも何処にあるのかも知らなかった。
その無知蒙昧な少女に、その展覧会の作品は人生を左右するほどの衝撃を与えた。
それが、その1で紹介させていただいたアレクサンドル・カバネルの描いた「ヴィーナス誕生」である。
そしてもう一枚、私に大きな力を与えた絵がある。
ドミニク・アングルの描いた「灰色のオダリスク」である。
頭にターバンを巻いただけの裸体の女性が顔をこちらに向けながら後姿を見せて横たえている図が描かれている画だ。
画面全体はモノクロで、まるでフォトグラフのようである。かなりインパクトの強い作品だ。
オダリスクとは「後宮の女」の意。もっともこの絵を見たときはそれすらも知らなかった。
この絵に、このオダリスクに、惹きつけられた。
灰色に描かれたオダリスクの鑑賞者を射るような眼差し。この瞳に射すくめられた。
脳裏にこの画が焼き付いて離れなくなってしまった。
それは「もう一度この絵を見たい」という思いになった。それも激しい強さで。
この絵と必ず再会を果たすことを自分に誓った。
いつか絶対にメトロポリタン美術館に行って、この絵をまた見るんだと。
その十数年後、それは叶う。
たった一枚の絵が片田舎にある決して裕福ではない家に育った少女を単身でNYに渡らせる原動力となったのだ。


*「灰色のオダリスク」 ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル 1824-34年作 メトロポリタン美術館所蔵
本作はアングルの代表作「グランド・オダリスク」の別ヴァージョンであるが、画面全体の暗さと硬質な線描写のために発表当時は不評だった。

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