| ART POWER Part.14 |
ヒュラスと水の精 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス | |
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| 絵画の魅力にとりつかれたのは十代後半のこと。 以降、足しげく美術館に通うようになり、開催されている展覧会には片端から赴いていった。 そして世界は大きく広く、ピカソやダヴィンチなど教科書に載っている画家以外にも、古今東西に偉大な芸術家が数多存在していたことを知った。 また、日本の近代文学のような“派”が美術界にあることも学んだ。 作風を同じく(あるいは類似)する者たちが結集したグループのことである。 日本で人気とともに知名度が高いのが印象派だ。 その印象派と同時期の19世紀半ばに活動したのが、美術史上「ラファエル前派」と称される美術団体である。 ただし印象派はフランス画壇においてであり、ラファエル前派は英国画壇においてだが。 「ラファエル前派」は、その名称通り、ラファエロ以前の美術に戻ろうとする芸術家たちが集まって結成したグループである。 当初7人で始まったこの派の活動は、多数の芸術家たちに影響を与え、一世を風靡し、画壇に君臨するにまで至ったが、芸術の方向性の違いなどの理由から短期間で瓦解し、それぞれが独自の画風の道を歩んでいくことになった。 派の創始者であるダンテ・ゲイブリエル・ロセッティやジョン・エヴァレット・ミレイ、また派に属する画家たちの作品は、様々な展覧会で見てはいた。 しかし彼らが「ラファエル前派」なる画家であることや、その派に関する事柄に対しては全く知らずにいた。 この派について知識を得たのは、2000年に開催された「ラファエル前派展」においてである。 この展覧会にはウォーターハウスの作品「ヒュラスと水の精」が来日していた。 展覧会の目玉でもあったこの作品は、開催場所が損保美術館であったことから、新宿駅前の通りに大きい看板となって掲げられていた。 それを目の当たりにして見たときに強烈な衝撃を受けた。 なんだ、この妖しくも美しい絵は!?、という驚きが全身を痺れさせたのだ。 看板の前で立ち尽くし、絵に魅せられ、絶対に見に行くことを心に固く誓い、そして展覧会へと足を運んだ。 かくや、素晴らしい展覧会であった。 ラファエル前派作品の華麗なるオンパレードだった。 どの絵も見るのは初めてだったが、描かれている題材はほとんど知っていた。 それはギリシャ神話や聖書、そしてシェイクスピア戯劇やアーサー王伝説、デカメロンなどであった。 それらの登場人物や物語場面が、派特有の明瞭な線描写と目に眩しい鮮やかな色彩で描かれていたのだ。 展示されていた作品はすべて秀逸だった。 絵の中に物語があった。 いや、物語が絵となって現れたのだ。 作品「ヒュラスと水の精」はギリシャ神話のエピソードの一場面を描いている。 青い衣をまとった男性の名は”ヒュラス”。 絶世の美少年であった彼は英雄ヘラクレスの愛人だった。 ヒュラスは森の奥へ水を汲みにいったとき、その美しさゆえ、ニンフたちに気に入られて捕らわれてしまい、彼女たちの棲む水面下の世界へ連れて行かれてしまう。 画面はまさしくその場面を描いている。 本展覧会を鑑賞して後、「ラファエル前派」なる画家たちの作品に虜にされてしまったのは書くまでもない。 絵画に魅了されたときと同様、派に関する画集や書を読み漁っていった。 何故ここまで「ラファエル前派」作品に惹かれてしまったのか。 他の派にも優れた作品は沢山あるというのに。 それは派が伝説や文学を主題にして作品を創作しているからに他ならない。 崇高な宗教画には畏怖するが遠く感じ、印象派はきれいで馴染みやすいがそれで終わる。 だがラファエル前派の描く作品は、幼い頃より物語を読んで、その世界に耽るのが好きだった自分と強く共鳴したのだ。 胸の内にしまいこんでいた宝物のような物語が視覚化されて目の前に現れたのだ。 自分の原点となる「文学」が、想像をはるかに超えた世にも稀な美しい絵画として具現化されたならば夢中になるのは当然であろう。 「ヒュラスと水の精」は自分をラファエル前派の世界に引き込んだ脅威の絵である。 それはまさしく、水底に引き込まれてしまったヒュラスのごとくに。 さあ、来なさい、私たちの世界へ。 画面の7人のニンフは無言でそう語りながら、ヒュラスの腕を絡めとり、今まさに水底へと引きずりこもうとしている。 ヒュラスはおののきながらも、決して全身で拒絶はしていない。 魔的で美しいニンフたちの誘惑に抗えないでいるのを、未知の世界へ行く恐れがかろうじて踏みとどまらせているのだ。 結局、ヒュラスはニンフたちの棲む水底の世界へ行ってしまうのだけれど。 そして自分もまたラファエル前派の世界に引きずり込まれてしまった。 7人のニンフたちはラファエル前派の芸術家たちだったのだ。 それは7人の創始者、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・エヴァレット・ミレイ、ウィリアム・マイケル・ロセッティ、ジェームズ・コリンソン、フレデリック・ジョージ・スティーヴンス、トーマス・ウールナーらである。 いや、違うかな。 私的観点からだと、腕を絡めているニンフがジョン・ウィリアム・ウォーターハウスであり、他はフレデリック・レイトン、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、フランク・カドカン・クーパー、アーサー・ヒューズ、ハーバード・ジェイムス・ドレイパー、フランシス・バーナード・ディクシーである。 *「ヒュラスと水の精」 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1896年制作 マンチェスター市立美術館所蔵 |