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ティツィアーノは1488年から90年の間に北イタリアの小村ピエーヴェ・ディ・カドーレーで生まれました。
1498年には既にヴェネツィアにいたことが明らかにされています。
ジョバンニ・ベッリーニは彼の師の1人であり、彼はその後任になり、ヴェネツィア国家のために奉仕しました。
1513年には彼自身の工房を開設し、そこで繰り返し同時に1つのテーマで種々のヴァージョンを制作したり、させたりしました。
彼のところにはヴェネツィア国外の名門一家からも注文が多く舞い込みました。
フェッラーラのエステ家、マントヴァのゴンザーカ家、フランス王フランソワ1世などがその代表例です。
1530年にカール5世の戴冠式にも出席すると、その数年後皇帝の宮廷画家となり、「黄金拍車の騎士」に叙されました。
次いで教皇パウルス3世にも謁見し、ローマに招かれ、そしてその地でミケランジェロに出会います。
さらには帝国議会の開催地ドイツにも赴きました。
彼は世界各地で皇帝やその周囲の人物たちの肖像画を描きました。
その世界各国を渡り歩いた彼も1551年、60歳を超えてようやくヴェネツィア戻ります。
彼はこの地で宗教画やスペイン宮廷フェリペ2世の要望である神話的主題の作品を数多く描きました。
1576年、彼は没します。90年近い生涯でした。その死は老衰またはペストではないかと論争されています。
彼は自らの墓所としたヴェネツィアのフラーリ聖堂のために「ピエタ」という作品制作している途中でした。
未完となったこの作品は、パルマ・イル・ジョヴァーネが筆を継いで完成させています。
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