Giovanni Segantini

ジョヴァンニ・セガンティーニ

イタリア アルコ出身

1858-1899

 象徴主義

 


 

 

 ”アルプスの真昼”

1892年

大原美術館所蔵

 

 

 

 

 

ジョヴァンニ・セガンティーニは、19世紀後半に活躍した”アルプスの画家”と称された画家です。

その名称通り、彼はスイス・アルプスにアトリエを構え、そこで生きる人々や風景を描きました。

しかし彼が生まれた国はスイスではありません。

彼が誕生したのは、現在はイタリア領となってはいるものの、当時ではオーストリア領であったアルプスの山中の小さな村でした。

その彼の生い立ちは幸薄いものでした。

母親は彼が7歳のときに、そして父親はその翌年に逝去してしまったのです。

10歳にも満たないうちから彼は、天涯孤独の身の上となり、イタリアのミラノの少年院に入ることを余儀なくされたのです。

しかし幸か不幸か彼の美術の才は若い時期から芽を出します。

17歳から19歳までの間、彼はミラノのブレラ美術アカデミーで建築装飾と人物画を学びました。

しかし孤児であった彼にとって、美術の勉強は大変な難儀さを伴うものでした。

昼はアルバイト、そして夜は絵の勉強と文字通り苦学の日々だったのです。

そんな彼の辛苦は身をもって結ばれました。

1883年にアムステルダムの万国博覧会で「渡し舟でのアヴェ・マリアの祈り」という作品が金賞を受賞したのです。

その後、彼はスイスの山中に居を移し、アルプスの風景やそこに住む人々を描きはじめるようになるのです。

 

両親を早く亡くしたセガンティーニは、家庭での幸福を願って、わりと早い時期と思われる22歳のときに婚姻を結びました。

30歳以降は家族とともに、スイス・アルプスに移り住んで、そこで制作活動を行うようになります。

彼はそこで細い糸のようなタッチで丹念に筆を重ねていく”分割主義”という技法を独自で考案しました。

彼の作品の描写が自然にもっとも近く、そして明るいのはこの技法によるものです。

彼はこの描法でスイスの雄大な自然を描こうと「アルプス三部作」という大作に挑戦しましたが、残念なことに未完のまま没することになってしまいました。

わずか41歳の若さでした。”アルプスの画家”の名称にふさわしく、標高3000メートルの山中で制作途中のところだったということです。

 

早世してしまったことと、おそろしく時間のかかる分割主義の技法を用いて作品を制作したため、彼の完成作はあまり残されておりません。

またセガンティーニは印象派風の明るいリアリズムの作品の他にも、芸術における精神的なものを重視した作品にも取り組んでいました。

それが「悪しき母たち」や「生の天使」などの生と死や罪と救済など厳粛なテーマに取り組んだ作品群です。

眩い風景画とは実に対照的な絵画であり、これらの作品から、”アルプスの画家”と称された彼の画家としての違う一面を見ることができます。

 

 


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