象徴主義画家の一人であるカルロス・シュヴァーべは1866年にドイツのアルトナで生まれました。
彼は美術史上において19世紀末の重要な芸術家として位置づけられており、またアールーヌーヴォーの先駆者とも見なされています。
しかし彼は実は独学の画家であり、ジュネーヴ工業美術学校時代を除けばアカデミックな美術教育は受けてはいません。
それにも関わらず、生涯において彼は数多くの水彩画や油彩画、そして著名作家の挿絵を描き、生前より名声を得ます。
そんな彼は一体どのような人物でどのような生涯を送ったのでしょうか。
シュヴァーべはドイツに生まれながらも早い時期にスイスのジュネーヴに移り住み、スイス人として帰化します。
そこで美術を学んだ後は、1884年からフランスへ移り、亡くなるまでそこで過ごしました。
フランスのパリでは象徴主義運動のサークルの中で活動を始めます。
彼は夢想家で内的生活を好む非常に孤独な人ではありましたが、こうした活気のあった芸術団体にはすぐに溶け込んだそうです。
古風さと斬新さを見せる彼のデッサン及びその理想主義は、当時において最も重要な挿絵画家として認められるのに十分なものでした。
自然彼への本の挿絵の依頼は多くなります。
彼はエミール・ゾラやボードレール、そしてメーテルリンク、アルベール・サマンなど後世に名を残す著名作家たちの豪華本の挿絵も手がけました。
中でもボードレールの「悪の華」は有名です。
彼は通常の絵画制作の他に、ポスターや雑誌の表紙も描いています。
また彼は知識人や音楽家とも交流し、社会や宗教に対する関心も多大に持っていました。
彼の描く作品に多様で国際的な影響の跡が見えるのは、そのためだと言われています。
彼は完全な理想主義の画家でした。
その理想とする芸術家像を追い求めながら絵画制作を続け、1927年にパリ郊外で死去します。
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