Pierre-Auguste Renoirl

ピエール・オーギュスト・ルノワール

フランス リモージュ出身

1841-1919

 印象派

 


 

 

”イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢の肖像”

1880年

ビュレル・コレクション所蔵

 

 

 

 

 

 

ルノワールは日本でも人気の高い印象派の巨匠です。

 

彼はもう一人の印象派の巨匠である風景画を多く描いたモネとは対照的に、人物画を多く描きました。

4000点といわれている彼の作品のほとんどは美しい女性像が描かれています。

 

その彼はこう語っています。

「優美さは女性の領分であり、義務でさえある」

 

彼が画家を志したのは、20歳頃のことです。

彼は13歳の時に絵付職人となりますが、産業革命の影響で機械化が普及すると失業してしまします。

その後、官立学校に入学し、グレールのアトリエに通いました。

そこで、モネやシスレーと出会います。

 

1870年から1880年代前半の彼の作風は、典型的な印象主義の作風でした。

 しかし、1880年代後半になると、光の効果に溺れた携帯の技法に疑問を持つようになり、硬い輪郭線や冷たい色調の作風を描くようになります。

 

1890年代になると、ルノワール本来の暖かな色調が戻り、豊満な女性の裸体を数多く描きました。

そしてまた、この頃は帽子を被った女性を好んで描いています。

当時、流行した女性向けの華やかな帽子に魅せられた彼は、ときに突飛な帽子を特注してモデルに被らせて作品に彩りを加えたのです。

「最も単純明快で永遠なる存在がわたしの主題だ」

と、彼は主張し、そしてその通り、パリの中産階級の都会的な楽しみや余韻の余裕に溢れた人々を描きました。

 

彼は40歳のときに足が動かなくなったため、車椅子の生活を送るようになります。

そしてさらに、71歳にはリューマチによって手も動かなくなってしまいます。

しかし、それでも彼は絵を描き続けました。

 

彼は78歳で生涯を終えますが、この世をさるその当日まで絵を描いたと言われています。

 


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