Camille Pissarro

カミーユ・ピサロ

セント=トマス島出身

1749-1803

 印象派

 


 

 

”帽子を被った農家の若い娘”

1881年

ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵

 

 

 

 

 

 

カミーユ・ピサロは印象派の巨匠の一人です。

柔らかで暖かな画風からわかるように、彼は非常に温厚な性格の持ち主の画家でした。

そのため、他の印象派のメンバーたちとは10歳以上も年が離れていたのにも関わらず皆から親しまれました。

偏屈で人嫌いであったセザンヌさえも彼を師として崇めていたほどです。

多くの画家たちから信頼を受けた彼はやがて当時の新進画家らの長老的な存在となります。

また彼は第1回から第8回まで行われた印象派展に出展したただ一人の画家でもあり、そこで指導的役割も果たしました。

 

そんなピサロの生い立ちはどのようなものだったのでしょうか。

彼はセント=トマス島の裕福なスペイン系ユダヤ人の家庭で生まれ育ちました。

少年時代をそこで過ごした後、フランスへ渡り寄宿学校へ通います。

6年後には故郷に戻りますが、画家志望への思いを断ち切れず、25歳の時に再びフランスへ向かいました。

フランスに渡った後、パリの画塾アカデミー・シュイスに学び、そこでモネらと知り合います。

またパリ万博で展示されていたコローの作品に感銘を受け、彼のアトリエで絵画を学んだりもしました。

これらが後の印象派の巨匠となる彼の画風の基盤となります。

 

彼は1859年にサロンに出展した「モンモランシーの風景」で入選を果たします。29歳のときでした。

広く柔軟な思考を持ち、他の画家らの描法を進んで取り入れながら創作活動を続けた彼は、晩年には成功を治め個展を開催するまでに至ります。

1903年に彼は73歳でパリで亡くなりますが、家庭生活も円満で生涯を通して幸福だったようです。

また多くの子宝に恵まれ、その子供や孫からは多くの画家が誕生しています。

 


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