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「あなたは神を信じているか。私は神しか信じていない。・・・中略・・・私は眼に見えないもの、感じたものだけを信じる」
彼自身がこう語っているように、モローは聖書やギリシャ神話を主材題とした想像と幻想の世界を描きました。
その作品は19世紀末の画家や文学者たちに多大な影響を与えたため、彼は象徴主義の先駆者として位置づけらました。
モローは1846年に官立美術学校に入学すると、ロマン派のテオドール・シャセリオに師事を受けます。
また、ウジェーヌ・ドラクロワのアトリエにも通いました。
そして1857年には私費でローマに留学し、その7年後にサロンで彼の代表作の一つである「オイディプスとスフィンクス」を出品します。
この作品は当時のサロンで賛否両論の評価を受けました。
彼は翌年、翌々年もサロンに出品します。
その翌々年に出品した「オルフェウスの首を抱くトラキアの娘」は大絶賛され、国家が買い取りました。
しかしにその三年後に出品した作品は厳しい酷評を受けます。
モローはサロンから遠ざかり、出品をやめ、パリ郊外にある自宅兼アトリエで制作活動をするようになりました。
隠遁とも呼べる生活をする反面、万博での審査員や国立美術学校の教授などを務め、実に精力的に社会活動も行いました。
彼は生徒たちの個性を尊重し、その才を伸ばすことに情熱を傾けた良き師であったと言われています。
彼が師事した弟子にはマティスとルオーもいました。
モローは72歳で癌でこの世を去りますが、生涯独身を通して実の母親と最後までアトリエで過ごしました。
そのアトリエは遺言により、美術館として国家に贈与され、その初代館長にはルオーが任命されています。
アトリエに残された作品は、油彩797点、水彩575点、デッサン7000点という膨大な数にのぼります。
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