Albert Joseph Moore

アルバート・ジョゼフ・ムーア

イギリス ヨーク出身

1830-1896

 ラファエル前派

 


 

 

”真夏”

1887年

ラッセル=コート美術館所蔵

 

 

 

 

 

 

アルバート・ジョゼフ・ムーアは1841年に北イングランドのヨークで誕生しました。

彼の一家は画家一家であり、彼は父親と兄弟から絵画技法を学んで育ちます。

成長した彼はヨーク・デザイン学校に進み、その後はロンドンに移ってロイヤル・アカデミーに入学しました。

しかし彼はわずか数ヶ月でアカデミーを退学してしまいます。

彼はその後スケッチの旅に出て自然描写の基礎を身につけました。

自然彼はラファエル前派のスタイルで風景を描くようになります。

 

アカデミーに入選した彼の初期作品は旧約聖書から主題を得た一連のものがありました。

しかしやがて彼は主題を深く描かかない「雰囲気の美」の画風になっていきます。

1860年代初めに装飾や壁画制作の計画に携わったことがその大きなきっかけとなりました。

1864年にアカデミー展に出品したフレスコ画「四季」は、物語的主題よりも装飾的な傾向に向かっていったことを示しています。

さらにその翌年の1865年には「大理石の椅子」という物語を感じさせない群集が描かれた作品を発表しました。

その後数年間に渡って描かれた彼の作品群は、イングランドの耽美主義運動の典型を示すものとなります。

彼の描いたギリシア風の人物たちは、大きくふわりとした彫刻に出てくるようなギリシア衣服をまとい、楽しいひとときを過ごし、時にはそれに全く身を委ねています。

これらの作品の題名はほとんど意味をなさず、時折何のことはない装飾から取られることもありました。

彼の主眼は線と色とのハーモニーを生み出すことにあったのです。

シドニー・コルヴィンはムーアの作品について下記のように述べています。

「どのような主題であろうと、美しい人々を美しい場面に登場させるための単なる手段に過ぎない」

 

彼の古典的主題への傾倒ぶりは古代彫刻研究によってさらに助長されていきます。

ロンドンに来訪してからは大英博物館に、1862年から63年のローマ滞在時には大理石彫刻にと、彼は研究に勤しみました。

ウォルター・ペイターは彼の作品を「音楽を感じさせるようだ」と評しています。

そのような画風へと向上した彼の前期の作品に「アザレア」があります。

この作品はハーモニーを感じさせることを決定づける衣装と背景の色彩の中に立っている人物が描かれている一連のシリーズの最初の作品です。

1868年に彼がアカデミー展でこの作品を発表すると、アルジャーノン・チャールズ・スウィンバーンは次のように語りました。

「彼の作品はテオフィル・ゴーティエの詩が詩人たちに与えるのと同じ感化を画家たちに及ぼしている。

それは美しいもののみに捧げられた確固とした完全崇拝なのである・・・。

色彩のメロディー、形態のシンフォニーは全く非の打ちどころがない。新たな美が達成されると、はるかに深い愉悦が呼びさまされる。

つまり美こそが目的であって、美の存在だけが重要なのだ」

批評家たちからこのように作品を絶賛されたのにも関わらず、彼の画壇での地位は低く、またアカデミーで優遇されることはありませんでした。

そのため彼は1877年からグローヴナー・ギャラリーへ出展を移行し、1888年までほぼ毎年彼はここで作品を発表していきました。

 

1896年に彼はわずか52歳の若さで亡くなりますが、それまでの10年間は病に悩まされていたそうです。

美しい線描写と蕩けるような淡い色彩の絵を描いたムーアですが、彼はその画風にそぐわない無頓着な性格の持ち主でした。

また正直で口が悪かったため、人からはあまり好かれることはなかったようです。

しかし大変義理堅い精神の持ち主で、一旦友人になると深い情愛の絆で友情を結ぶことのできた人物でもあったそうです。

 


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