|
象徴主義画家の一人ルイ・ジャンモは1814年にフランスのリヨンで生まれました。
成長すると彼はリヨン美術学校へ入学し、そこで優秀な成績を修めて卒業します。
その後、彼はパリへ出て、今度はパリ美術学校のヴィクトール・オルセルの教室に入学しました。
またその一方で、巨匠アングルのアトリエにも通いました。
1835年から翌年にかけては、アングルに同行してイタリアへ赴き、そこでさらに画才に磨きをかけました。
そうして彼は若かりしときから美術の才能を認められて、教会から絵の制作などを依頼されますが、その名はあまり後世に知られていません。
それは一体なぜなのでしょうか?
それは彼の代表作「魂の詩」が起因となっています。
この作品は18の寓意画、16の素描、そして4000行の詩句からなる大作で、彼は40年以上もの月日をかけてこれを制作しました。
母性愛、神そして世俗愛をテーマに魂の肉体的変遷を辿ったこの連作は、高名な芸術家たちから大絶賛を受けます。
そしてドラクロワに強く薦められ、彼はこの作品を1855年の万国博覧会に出品しました。
しかしそこでの評価は芳しいものではありませんでした。
彼が全精魂を込めて創作したこの作品は、芸術的にあまりにも高度すぎて、一般人には理解し難いものだったからです。
そうしてこの「魂の詩」は正当な評価をされないまま、彼の名とともに時代から忘れ去られていきました。
しかしこの連作の創作、つまり主題に対する個人的、または詩的な取り組みは、浪漫主義と象徴主義を繋ぐという大きな役割を果たしました。
当時において作品は受け入れられなかったものの、彼は美術史上で重要な役目を担った画家だったのです。
|