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「私の絵のほとんどの中で描かれる女性たちは、同時に女神でありミューズなのです」
これは、ポール・デルヴォーが自身で語った言葉です。
彼の絵に登場する女性らは皆美貌で、蝋や磁器のようななめらかな肌を持ち静かに光輝いています。
このミューズたちの全ては、デルヴォーの心の内に潜む一人の女性に帰依します。
その女性の名は、アンヌ・マリー・ド・マルトラール。
デルヴォーが32歳の時に出会った、初恋の女性です。
彼の初恋は残念ながら実りませんでした。
それは、彼の母親が猛烈に反対したからです。
デルヴォーの母は、一種異様とも思える愛情を注いで息子を育てました。
その彼女の彼に対する束縛は常軌を逸するほどでした。
彼女は息子にこう語りました。
「女たちは心を惑わす悪魔だ・・・体を与える代りに男を破滅させる」と。
エリートの家に生まれたのにも関わらず、気弱で内気だった彼は、母親には逆らえませんでした。
彼女は死ぬ際に、デルヴォーにタムと二度と会わないように言い残します。
彼は、その言葉を忠実に守り、タムと会わなくなり、その4年後には別の女性と結婚してしまうのです。
しかし、彼の心の中にはいつもタムがいたのです。
そして15年後、運命の転機を迎えます。
49歳になったデルヴォーは、ある小さな避暑地を訪れました。
そこで、あのタムと再会するのです。
彼は、妻と別れ、溺愛された母親との約束を破り、ついにタムと結婚します。
タムとの幸福な生活は、デルヴォーの制作意欲を高めました。
彼は次々に美しき女神たちの住まう幻想世界を描いていきます。
しかし、その創作活動も終わりを告げます。
彼の永遠のミューズであるタムがこの世を去ってしまったのです。
1989年、デルヴォーは92歳でした。
その後、彼は絵筆を握ることなく、その5年後にタムの後を追って生涯を終えました。
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