|
「踊り子の画家」と称されたドガは、人間の一瞬の動きをキャンバスに描きだすことを渇望し、またそれを叶えた画家でした。
名称通り、彼は踊り子の絵を多く制作しています。
それは、舞台上の場面だけでなく、舞台裏や練習風景、控え室などの一場面など、バレエに関するさまざまな風景を写真をとるような感覚で描いています。
彼が生涯の主題となるそのバレエ絵画を描き始めたのは1860年頃でした。
この当時、パリの街は大規模な都市改革が行われ、生活や環境に大きな変化が起こっていました。
新しいキャバレーやカフェの誕生し、郊外の行楽地に出かける人々急速に増えたのです。
彼の関心はその都会生活と、そこで暮らす人々に向けられました。
ドガは印象派の一員とみなされておりますが、彼の絵画の基盤となっているのはドミニク・アングルであり、ルネサンスの巨匠でした。
彼は古典的手法を用いて、その当時の生活を描き出したのです。
それ故、彼は「現代生活の古典画家」と自ら自分の位置を定義づけました。
また晩年は視力の衰えにより、彫刻作品を手がけるようになります。
彼の生家、ドガ家は、フランス革命後に勢力を伸ばした振興ブルジョワでした。
そして彼の若かりし頃は、歩いている女性が振り向くほど美男子だったと言われています。
それにも関わらず、ドガは生涯独身を通しました。
一説によるととても内気で不器用な性格だったためと言われています。
1917年83歳でこの世を去ると、遺体はモンマルトルに埋葬されました。
|