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ウィリアム・アドルフ・ブグローは19世紀のフランスを代表する画家です。
彼は当時の美術界で大きな権力を握っていました。
作品からわかるように、ブグローは古典を尊重し、かつ高い理想を求め、またそれに見合っただけの高度なテクニックを持った画家でした。
甘美で耽美な彼の画風は当時の人々の嗜好に即しており、彼は生前から高い名声を得ます。
才能のあった彼は当然のごとく当時の画家が憧れるエリートコースを歩みました。
1850年に新進美術家に与えられる最高の賞であるローマ賞を受賞し、その公費でイタリアへと留学。
1876年には美術アカデミー会員へ、そして1888年には国立美術学校での教授へと登りつめます。
それにも関わらず、彼の名はあまり知られていません。
一体何故なのでしょうか?
彼の絶頂期は19世紀後半でした。
20世紀を迎えると、印象派が凄まじい勢いで台頭してきます。
美術界の重鎮であった彼は印象派の代表者であったモネやルノワールらをサロンからことごとく落選させていきます。
しかし時代の流れには逆らえませんでした。
やがて印象派が美術界の主流となると古典主義の画風とともに彼の名は忘れられていってしまったのです。
今日のブグローの美術史上の正当な位置づけは、20世紀末にアカデミスム絵画を見直す動きによる賜物です。
1984年にプティ・パレ美術館で開催された大回顧展により人々のブグローへの関心が高まりました。
そこで彼はフランスの代表画家の一人として見なされるようになったのです。
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