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ナビ派の代表画家であるピエール・ボナールは、1867年にパリ近郊のフォントネー=オー=ローズで誕生しました。
彼は幼少の頃より、絵を学んでいたわけではありません。
初めはリセのルイ=ル=グラン校で法律を学んでいました。
1888年に学位を取得すると、絵画を志して、アカデミー・ジュリアンとエコール・デ・ボーザールで学ぶようになります。
1889年から90年までは兵役につき、除隊後は、パリの友人のヴュイヤールとドニの三人でアトリエを借りました。
そして彼らとともにゴーギャンの指導を受け、1892年にナビ(預言者)派を結成します。
彼らの掲げるナビ派とは、美術とは自然の模倣ではなく、作者の主観的感受性の表現であることを標榜したものでした。
そしてゴーギャンと浮世絵から影響を受け、装飾的絵画を制作していきます。
1891年にサロン・デ・ザンデパンダンに初出品しました。
1896年には個展を開催するようにまでなります。
彼はまた油彩の他にリトグラフに習熟し、1890年代の諷刺雑誌や新聞に挿絵で新境地を見せました。
1900年以降は、パリの市民生活と家庭や、妻をモデルにした浴槽の裸婦など私的生活に親しみを込め、華麗な光と色彩で描いていきます。
そのため彼は、「親密派」とも「光の魔術師」」とも称されました
そのボナールは、1947年に南仏のル・カンネで没します。
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