Adelaide Labille-Guiard

アデライド・ラビーユ=ギヤール

フランス パリ出身

1749-1803

 

 


 

 

”二人の弟子のいる自画像”

1785年

メトロポリタン美術館所蔵

 

 

 

 

アデライド・ラビーユ=ギヤールは18世紀のフランス革命時代に活躍した女流画家です。

当世から肖像画家の第一人者の地位と認められていましたが、その名はあまり知られていません。

それは同時代にルブラン夫人が健在していたことに原因があります。

ルブラン夫人は当時の権威である王妃マリー・アントワネットのお気に入りの画家でした。

そのためルブラン夫人に人気が集まり、アデライドの名が影を潜めてしまったのです。

ですが彼女の画の才能はルブラン夫人と同等、あるいはそれ以上といわれています。

また同じ女流肖像画家ということもあり、世間では二人をライバル関係にあるとみなしていたようです。

 

そのアデライドはルブラン夫人より6年早い1749年にパリで生まれました。

早い時期に結婚し、そして離婚したこと以外すべてルブラン夫人と対極の人生を歩んでいます。

20歳のときに財務関係の仕事をしていたルイ=ニコラ=ギヤールと結婚し、わずか数年で別居、そして離婚・・・と。

 

1783年に彼女は念願の王立美術アカデミーのメンバーになります。

当時アカデミーは女性にへ閉鎖的であり、会員枠はたったの4人しかありませんでした。

アデライドはライバルであったルブラン夫人と同じ日にその4人の中のメンバーになったのです。

 

彼女が50歳のとき、フランス革命が勃発します。

王妃のお気に入りであったルブラン夫人は国外へ亡命しますが、革命に共感したアデライドは留まりました。

革命に理解を示した彼女は、多くの国民公会のメンバーの肖像を描きました。

 

51歳のときにはかつての恩師フランソワ・ヴァンサンと再婚をします。

しかし彼女は子供に恵まれませんでした。

そのためもあって女弟子の養育にも情熱を傾けます。

とりわけ当時において低かった女芸術家の地位の向上に熱心でした。

そのため女性の地位向上に貢献した最初の人物ともされています。

その彼女は革命勃発から4年後、54歳の若さで他界します。

 

 


前画面へ